明治四十年(1907)頃の地図らしいんですが、「愛宕神社」の西側に「鎌倉町」というのがあります。
明治六年(1873)にできた町で、大正十四年(1925)には若松町と竜見町に分割され、消えてしまった町名です。
消える直前の大正十三年(1924)の地図には、「鎌倉小路」という道が何本かあります。
この中の「鎌倉小路三号」は、通称「小万坂」と呼ばれています。
「小万坂」については、過去記事「鎌倉街道探訪記(4)」をご覧ください。
ということで「鎌倉町」という町名は、ここに「鎌倉街道」が通っていたというのが由来なのですね。
残しておきたい町名でした。
鎌倉時代に由来する「興禅寺」が、近くにあります。
上のリンク先にあるように、このお寺はもともとこの場所にあった訳ではありません。
治承元年(1177)創建で高崎旧市内では一番古いお寺ですが、高崎城築城の際に城内に入ってしまった結果、修行僧や檀家の人が城内に大勢出入りすることになってしまいました。
これは寺側も城側も具合が悪いということで、天保十年(1839)になって城の外へ移された訳です。
←山門の天井を見ると、雨漏りの痕のような黒いシミがあります。
肉眼ではシミのようにしか見えないのですが、画像処理をしてみるとこれは絵であることが分かります。↓
高崎の絵師・武居梅坡(たけい・ばいは)の描いた、天井画「雲龍の図」なんです。
明治二十八年(1895)に、通町から出火して663戸を焼失したという大火の時、この龍が盛んに水を吐いて、この山門を護ったと伝わる貴重な天井画です。
何とか、復元保存できないものでしょうか。
現在の興禅寺は面白い配置になっていて、山門を潜ると児童公園(写真左側)で、道を渡った先に本堂と境内(写真右側)があります。
この道路には、かつて「遠構え」の堀が通っていました。
道路が拡幅されたために、「興禅寺」の墓地は八幡霊園に移されています。
境内の入り口に、不思議な銀杏の木が立っています。
幹が縦にスパッと削り取られているんです。
察するところ、拡幅した道路にはみ出しちゃうんだけど、「保存樹木」に指定されてるから伐り倒す訳にもいかず、幹を削り取ってつじつまを合わせたのでしょう。
なんだかなぁー。
もうひとつ、何とかして欲しいものが近くにあります。
佐藤病院にある、この石です。
ただの庭石に見えますが、「和田三石」のひとつで「下和田の方石(かくいし)」と呼ばれる、高崎の歴史上貴重な石です。

まさか、貴重だから人目に付かないように隠している訳でもないでしょうが、屋外休憩所の陰に押し込められていて、それと知らなければおそらく気づく人もないでしょう。
過去記事を見たら、6年前にも同じようなこと書いてました(笑)
やれやれ、今日は愚痴と文句で終わってしまいました。
次回は、どうなりますことやら・・・。
明治六年(1873)にできた町で、大正十四年(1925)には若松町と竜見町に分割され、消えてしまった町名です。
消える直前の大正十三年(1924)の地図には、「鎌倉小路」という道が何本かあります。
この中の「鎌倉小路三号」は、通称「小万坂」と呼ばれています。
「小万坂」については、過去記事「鎌倉街道探訪記(4)」をご覧ください。
ということで「鎌倉町」という町名は、ここに「鎌倉街道」が通っていたというのが由来なのですね。
残しておきたい町名でした。

上のリンク先にあるように、このお寺はもともとこの場所にあった訳ではありません。

これは寺側も城側も具合が悪いということで、天保十年(1839)になって城の外へ移された訳です。
←山門の天井を見ると、雨漏りの痕のような黒いシミがあります。
肉眼ではシミのようにしか見えないのですが、画像処理をしてみるとこれは絵であることが分かります。↓
高崎の絵師・武居梅坡(たけい・ばいは)の描いた、天井画「雲龍の図」なんです。
明治二十八年(1895)に、通町から出火して663戸を焼失したという大火の時、この龍が盛んに水を吐いて、この山門を護ったと伝わる貴重な天井画です。
何とか、復元保存できないものでしょうか。

この道路には、かつて「遠構え」の堀が通っていました。
道路が拡幅されたために、「興禅寺」の墓地は八幡霊園に移されています。

幹が縦にスパッと削り取られているんです。
察するところ、拡幅した道路にはみ出しちゃうんだけど、「保存樹木」に指定されてるから伐り倒す訳にもいかず、幹を削り取ってつじつまを合わせたのでしょう。
なんだかなぁー。

佐藤病院にある、この石です。
ただの庭石に見えますが、「和田三石」のひとつで「下和田の方石(かくいし)」と呼ばれる、高崎の歴史上貴重な石です。

まさか、貴重だから人目に付かないように隠している訳でもないでしょうが、屋外休憩所の陰に押し込められていて、それと知らなければおそらく気づく人もないでしょう。
過去記事を見たら、6年前にも同じようなこと書いてました(笑)
やれやれ、今日は愚痴と文句で終わってしまいました。
次回は、どうなりますことやら・・・。
【興禅寺山門・下和田の方石・小万地蔵】