前回、倉渕町の「戸春名神社」の記事で、「戸春名」という名称は「榛名神社」に通ずる「神穴」に戸を建てているからだろうなんて、勝手な推測をしてみました。
じゃ、神戸(ごうど)町にある「戸榛名神社」はどうなんだってことで、来てみました。
「神戸公民館」の先の二又を左に上るのが、「戸榛名神社」の参道なんですが・・・、
なぜか、車両通行止めになっていたので、公民館に車を停めて歩きました。
参道は、「旧大野道」と言うらしいです。
300mほど歩くと前方右側に鳥居が見えてきますが、「通行止」の看板が建っています。
車両だけじゃなく、徒歩もダメということなのでしょうか。
ここまで来てそれはないだろうと、構わず行ってみると、道路にブルーシートが敷き詰められています。
どうやら、道路が崩落しかかっているらしいです。
これから本格的な雨期に入るのに、大丈夫でしょうか。
右端を通って、鳥居まで進みました。
鳥居を潜ると、長い参道の正面に社殿があります。
シンプルな社殿の右上に、「戸榛名神社」の由緒を書いた立派な額が掲げられていました。
文字がかすれて読めないところもあるのですが。
昔は「榛名神社」と称し、上野神明帳には「榛名大所明神」となっている、とあります。
ん?「大所」って何だ?
「上野国神社明細帳」に書いてありました。
「大所」は「大戸」の仮字で、これが「神戸」になったんだという訳です。
たしかに、「戸」は「所」の半ペタ(偏)で、略字として用いられていたのかも知れませんが、それが「神戸」になったというのはどうなんでしょう。
「神戸」については、「戸榛名神社」の由緒看板はちょっと違う説なんですけどね。
「江戸」と書いていたんだけど、後に「神戸」という字を用いるようになったというんです。
たぶん、「江戸」と書いて「ごうど」と読んだのでしょうね。
「江戸」と言えば、中室田に「江戸村」というのがありました。
「滑川の江の外の村」ということで、「外」に「戸」の字を当てたようです。
あれ?そういえば、倉渕の「戸春名神社」も「外榛名神社」と書かれたことがあったんでしたよね。
あー、何となく、つながってきたような気がしてきました。
「戸」も「外」も読みは「と」で、意味は「所」ということなんじゃないでしょうか。
因みに、「神戸」と書く地名は全国にあって、読み方は「ごうど」の他「こうべ」「かんべ」「じんこ」などと異なりますが、いずれも「神社に関わる人たちが住んでいた所」だそうです。
史跡看板散歩-223では「宮谷戸」(みやがいと)という地名が出てきますが、この「谷戸」も「谷の所」という地形です。
とすれば、「戸春名神社」も「戸榛名神社」も、「榛名山を仰ぐ所」にある神社ということにならないでしょうか。
ま、隠居の思い付きではありますが。
拝殿には、「戸榛名山」という額が掲げられています。
社殿の左手前に、立派な神楽殿があります。
色褪せ、剥げかかっていますが、天井絵も立派なものです。
「榛名町誌民俗編」に、こう書かれています。
語り継ぎ維持するというのは、難しいものですなぁ。
じゃ、神戸(ごうど)町にある「戸榛名神社」はどうなんだってことで、来てみました。
「神戸公民館」の先の二又を左に上るのが、「戸榛名神社」の参道なんですが・・・、
なぜか、車両通行止めになっていたので、公民館に車を停めて歩きました。
参道は、「旧大野道」と言うらしいです。
300mほど歩くと前方右側に鳥居が見えてきますが、「通行止」の看板が建っています。
車両だけじゃなく、徒歩もダメということなのでしょうか。
ここまで来てそれはないだろうと、構わず行ってみると、道路にブルーシートが敷き詰められています。
どうやら、道路が崩落しかかっているらしいです。
これから本格的な雨期に入るのに、大丈夫でしょうか。
右端を通って、鳥居まで進みました。
鳥居を潜ると、長い参道の正面に社殿があります。
シンプルな社殿の右上に、「戸榛名神社」の由緒を書いた立派な額が掲げられていました。
文字がかすれて読めないところもあるのですが。
戸榛名神社 | ||
祭神 | 埴山姫命 火靈産命 源満行公 | |
由緒 | 人皇四十九代光仁天皇御宇天應年間ノ創建ニテ實ニ千數百年前ノ旧社ナリ | |
往古ハ榛名神社ト称シタリ 延喜式正一位榛名神社 上野神明帳ニ正一位榛名大所明神ト記スモノ則チ本社ナリ |
ん?「大所」って何だ?
「上野国神社明細帳」に書いてありました。
「 | 勧請年月不詳、上野國神明帳ニ従五位上榛名大所明神ト見エタルハ當社ナルヘシ、 |
大所ハ大戸ノ假字ニシテ、ヤガテ神戸ノ意ナルヘク、村号ヨリ推シテ考ルニ、此ノ地ヲ措テハアラシトトソ思ハル」 |
たしかに、「戸」は「所」の半ペタ(偏)で、略字として用いられていたのかも知れませんが、それが「神戸」になったというのはどうなんでしょう。
「神戸」については、「戸榛名神社」の由緒看板はちょっと違う説なんですけどね。
「 | 此ノ地 元江戸ト書キタルヲ 神戸ノ字ヲ用ヰ」 |
たぶん、「江戸」と書いて「ごうど」と読んだのでしょうね。
「江戸」と言えば、中室田に「江戸村」というのがありました。
「滑川の江の外の村」ということで、「外」に「戸」の字を当てたようです。
あれ?そういえば、倉渕の「戸春名神社」も「外榛名神社」と書かれたことがあったんでしたよね。
あー、何となく、つながってきたような気がしてきました。
「戸」も「外」も読みは「と」で、意味は「所」ということなんじゃないでしょうか。
因みに、「神戸」と書く地名は全国にあって、読み方は「ごうど」の他「こうべ」「かんべ」「じんこ」などと異なりますが、いずれも「神社に関わる人たちが住んでいた所」だそうです。
史跡看板散歩-223では「宮谷戸」(みやがいと)という地名が出てきますが、この「谷戸」も「谷の所」という地形です。
とすれば、「戸春名神社」も「戸榛名神社」も、「榛名山を仰ぐ所」にある神社ということにならないでしょうか。
ま、隠居の思い付きではありますが。
拝殿には、「戸榛名山」という額が掲げられています。
社殿の左手前に、立派な神楽殿があります。
色褪せ、剥げかかっていますが、天井絵も立派なものです。
「榛名町誌民俗編」に、こう書かれています。
「 | 戸榛名神社には古くから神楽が伝承されていて、昭和九年(1934)、NHKで全国放送されたこともあった。 |
昭和十八年(1943)、神楽装具が盗難に遭い中断を余儀なくさせられたが、昭和三十一年(1956)四月八日の例祭に神楽を復活させ、奉納した。 | |
現在は再び中断している。」 |
語り継ぎ維持するというのは、難しいものですなぁ。
【神戸町の戸榛名神社】