飯玉町公民館の敷地内、鳥居の奥の石祠に祀られているのが「天王さま」です。
「天王さま」とは「牛頭(ごず)天王」で、疫病を追い払ってくれる神様なんですが、けっこう怖い神様でもあります。
過去記事「追分の八坂大神」でご覧ください。
お祭りの時に幟旗の先に付けた「魔除けの頭」というのが、これです。
看板中ほどにある「道祖神」は、これです。
なお看板のふりがなで、「戊寅」に「つちのととら」とあるのは「つちのえとら」、「赤土邑」に「あかどむら」とあるのは「あかつちむら」の誤りでしょう。
看板の最後の方に「妙信庵」というのが出てきますが、この辺にあったようです。
塚沢村時代は、この「妙信庵」が役場として使われていて、「夜泣き地蔵」は、そのそばに建っていたらしいです。
看板には文字数の関係で書けなかったのでしょうが、このお地蔵さまは夜泣きをする子が帰った後、その子と同じ声でかすかに泣くんだそうです。
そして翌朝見ると、お地蔵様の頬はびっしょり濡れていたという話も伝わっています。
「妙信庵」は九蔵町「正法寺」の末寺であったことから、お地蔵さまは「正法寺」の「九蔵稲荷」の近くに移されました。
近代医学によって病気の多くが治療できるようになった今も、私たちの心の奥深くには、神仏の加護に縋る昔の人の心が息づいているように思います。
「天王さま」とは「牛頭(ごず)天王」で、疫病を追い払ってくれる神様なんですが、けっこう怖い神様でもあります。
過去記事「追分の八坂大神」でご覧ください。
お祭りの時に幟旗の先に付けた「魔除けの頭」というのが、これです。
看板中ほどにある「道祖神」は、これです。
なお看板のふりがなで、「戊寅」に「つちのととら」とあるのは「つちのえとら」、「赤土邑」に「あかどむら」とあるのは「あかつちむら」の誤りでしょう。
看板の最後の方に「妙信庵」というのが出てきますが、この辺にあったようです。
塚沢村時代は、この「妙信庵」が役場として使われていて、「夜泣き地蔵」は、そのそばに建っていたらしいです。
看板には文字数の関係で書けなかったのでしょうが、このお地蔵さまは夜泣きをする子が帰った後、その子と同じ声でかすかに泣くんだそうです。
そして翌朝見ると、お地蔵様の頬はびっしょり濡れていたという話も伝わっています。
「妙信庵」は九蔵町「正法寺」の末寺であったことから、お地蔵さまは「正法寺」の「九蔵稲荷」の近くに移されました。
近代医学によって病気の多くが治療できるようになった今も、私たちの心の奥深くには、神仏の加護に縋る昔の人の心が息づいているように思います。
【飯玉町の天王様と道祖神】
【正法寺の夜泣き地蔵】