2012年12月05日

控帳 「金治郎の公約」

小田原藩主・大久保忠真(ただざね)公に、下野国桜町領(現・栃木県芳賀郡二宮町、真岡市)の復興を命じられた金治郎は、「私にすべてを任せてくれるなら、十年で復興させる。」と、忠真公に約束する。

その「公約」に至る経過を、「報徳記」から抜粋する。

旗本・宇津家が知行する桜町領の状況は、次のようであった。
元禄年中までは戸数四百五十軒なりしが、連年離散のもの多く、文政度(文政年間)に至りては僅かに百四五拾軒を残せり。
互に利を争ひ、争論訴訟絶ゆることなく、動(ややも)すれば相闘ふに至れり。
故に衰貧極り、田野荒蕪(こうぶ)し、渺茫(びょうぼう:果てしなく)として民家狐狸の住居となるもの多く、収納中古(むかし)四千苞(ぴょう:俵)を納めしに、僅(わずか)に八百苞を納む。
宇津家の艱難も亦(また)(きわま)れり。」

当初、「農民の自分にそのようなことはできない。」と固辞する金次郎に、忠真は礼を尽くして再三にわたる命を下す。
これ以上断ることはできないと覚悟した金治郎は、次のように答える。
(それがし)数度の命に応ぜず、君(きみ)之に令すること已(すで)に三年、辞する所を知らず。
止む事を得ずんば(かの)地に至り、土地人民衰廃の根元、再復成不成の道を熟視し、然る後受命の有無を決すべし。
今予め其の命に随ふこと能(あた)はず。」

そして金治郎は桜町領へ赴き、数十日掛けて一軒一軒訪れて、農民の貧富の度合いや勤勉であるか怠惰であるかを観察、また田畑や野の地味、水利の難易などを調査し、風土・民心・再建の可否を見究めた上で、こう報告した。
土地瘠薄(せきはく:痩せている)にして人民の無頼怠惰も亦(また)極る。
然りと雖(いえど)も之を振起するに仁術を以てし、邑民旧染の汚俗を革(あらた)め、専(もっぱ)ら力を農事に尽す時は再興の道なきにあらず。
而して仁政行われざる時は、仮令(たとえ)年々四千石の貢税を免ずといへども、彼の貧困は免ることあるべからず。(略)

厚く仁を施し其の艱苦を去りて安栄に導き、大いに恩沢を布きて其の無頼の人情を改め、専ら土地の貴き所以(ゆえん)を教へ、力を田圃に尽さしむるにあり。
然して此の興復の用度幾千万金なるや予め其の数を定め難し。

「復興にはどの位の金が必要になるか分からない。」と言いながら、次のような願いを忠真公にする。
前々、君(きみ)彼の土地再復を命ずるに、許多(いくた)の財を下し玉ふ(給う)。 是を以て其の事成らず。
以後之を興復せんに必ず一金も下し玉ふことなかれ。

「復興する資金を出してはならんとは、一体どういうことか。」と問う忠真公に、その理由を次のように語る。
(きみ)財を下せば邑宰(ゆうさい:名主)村民共に此の財に心奪はれ、互に財の手に入らんことを欲し、下民は邑宰の私(自分勝手)を論じ、宰官(さいかん:村役人)のものは下民の私曲(しきょく:自分の利益だけを考えて不正なことをする)而已(のみ)を憂ふ。
互に其の非を論じ、其の利を貪(むさぼ)り、終(つい)に興復の道を失ひ、弥々(いよいよ)人情を破り、事(こと)廃するに至れり。
(これ)用財を下し玉ふの災なり。

「ではどのような手段で復興させるのか。」との問いには、こう答える。
荒蕪を開くに荒蕪の力を以てし、衰貧を救ふに衰貧の力を以てす、何ぞ財を用ひんや。(藩財を使う必要があるでしょうか)
荒田一反を開き、其の産米一石有らんに、五斗を以て食となし、五斗を以て来年の開田料となし、年々此の如くにして止めざれば、他の財を用ひずして何億万の荒蕪と雖も開き尽すべし。
(わが)神州往古開闢(かいびゃく)以来、幾億万の開田其の始(はじめ)、異国の金銀を借りて起したるには非(あら)ず。必ず一鍬よりして此の如く開けたるなり。
今荒蕪を挙げんとして金銀を求むるは、其の本を知らざるが故なり。
(いやしく)も往古の大道を以て荒蕪を挙げんに、何の難きことか之あらん。」

その上で、すべてを任せてもらえれば、十年で二千俵の貢納ができるまで復興させることを忠真公に約し、命を受けることとなる。
そして、自らの田畑・家財は全て売り払って復興資金とし、妻子を連れて桜町へ移り、あらゆる妨害にも屈することなく、約束通り十数年で三千石を産する地に復興させた。

宇津家の税収入は八百石から二千石に増収し、領民は三千石から二千石に減税となった。
なおかつ、余剰の一千石を年々備蓄できるようになり、これが小田原藩を天保の大飢饉から救うこととなる。


迷道院独白
公約は、斯くありたし。
・事前の実態調査を徹底的に行い、問題点を究明する。
・その上で、実現可能な目標(いつまでにどの位)を定める。
・どのような手段でその目標を実現するかを明確にする。
・誠心誠意、説明を尽くす。





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この記事へのコメント
俺もそうだけど、我田引水の人間が多い中で、

自らの田畑・家財は全て売り払って復興資金とし、妻子を連れて行くとは

神様よりスゲースゲー、7神様は田畑・家財をだって持ってねーもんねー
Posted by wasada49  at 2012年12月05日 13:36
>wasada49さん

この時、金治郎さんは武士ではなかったので切腹はなかったでしょうが、当然、公約通り実現できなかったら打ち首は覚悟してたんでしょうね。

あるいは、自分の公約に自信があったので、実現できないとは思わなかったのか。
もしくは、実現できるまで石に噛り付いてもやるんだという決意だったのか。

いずれにしても、スゲーでしょう?
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2012年12月05日 20:40
スゲーネー

がしょうきな所もカチッキな面あるんねー

上州人には真似できねーね

せめて俺の親父みてーに、入れ歯で石に噛り付ねーで、砂噛んで百壱まで生きるくれーしか
できなかんべー

今の選挙の公約は千三つだんべー
それも何の責任のねー
Posted by wasada49  at 2012年12月06日 08:06
>wasada49さん

上州人でないと「がしょうき」と「カチッキ」は分からないかも知れませんね。
「がしょうき」・・・強引、無茶、乱暴
「カチッキ」・・・勝ち気
でいいですか?

今回の選挙の大きな争点は三つだと言われていますが、それが千三つでは困りますね(^_^)
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2012年12月06日 22:01
がしょうきは、農家、建設業などの方は
我武者羅に働く、人の2、3倍働く、危険な
高所作業など他人に出来無い事をする

「カチッキ」勝ち気も負けず嫌いで人一倍努力する人など

どちらかと言えば本人には直接言わず、第三者を介して間接的に、褒める、尊敬に近い意味合いで使う場合が多いいです。
オメー○○さんが、がしょうきダトと言えば本人は
ニヤリとしてソンナデモネーよ俺はと答えるでしょう

000さんはカチッキで頑張るねーとか
あの旦那はがしょうきで、いい家「うち」
タテタンナーとか、工場「こうば」デッカクシタンナーと言いますが、昔で言うホワイトカラーの方は逆に使う方がいますが、
東毛地区はホワイトカラーごく少数ですから
Posted by wasada49  at 2012年12月06日 23:08
>wasada49さん

「がしょうき」は、そういうニュアンスでしたっけ?
高崎近辺では、あまり使われない言葉ではあるんですが・・・。
上州弁も、土地によってニュアンスが違うんですね。
勉強になりました。
ありがとうございました!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2012年12月07日 07:52
現代に置き換えてみると、補助金や助成金に頼らない町起こしや再生を目指すと言うことですね。

再生を行うためには先ず根本の意識から変えなければ、せっかく資金を注入しても破綻と注入を繰り返すだけで、いつまで経っても再生できない。

調査、意識改革、実現可能性のある目標設定、スキーム…。これら昨今云われていることが、約200年前に既に二宮尊徳氏によって指摘されていたことに感じ入りました。
Posted by ふれあい街歩き  at 2012年12月07日 18:47
>ふれあい街歩きさん

>再生を行うためには先ず根本の意識から変えなければ・・・

仰る通りなんですね。
桜町領の復興にあたって、人々の意識を変えるのに実に7年かかっています。
その間、様々な人の妨害や讒言にあっていますが、金治郎さんの偉いところは、そういう人までをも最後は金治郎ファンにしちゃうんですね。

その元となるものは、金治郎さん自身言っているように、「才智・弁舌でなく至誠・実行」だと思います。
金治郎さんに学ぶことは多いです。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2012年12月07日 20:16
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