殿様の記事が続きまして、久々の鎌倉街道ネタとなります。
荘厳寺前の、こんぴらさま参道です。
右側の木の塀とブロック塀に挟まれた細い道。
これが鎌倉街道だと言われています。
カクンと曲がった生垣の陰に、双体道祖神が建っています。
双体道祖神にしては珍しく、あまりイチャイチャしていません。
天保四年(1833)建立で、僧形の男女が雲の上に乗っている、天孫降臨型と言われるものだそうです。

そのちょっと先へ行くと、「秩父巡礼の道しるべ」という標柱が建っています。

馬頭観世音の台石には、「左婦ぢおか(藤岡) ちゝぶミち(秩父道) 右髙﨑」と刻まれているそうですが、ちょっと判読できません。
200mほど道なりに歩くと、「高崎市佐野長寿センター」という看板の下に、うっかりすると見落としてしまいそうな「天満宮入口」と書かれた標柱が建っています。

角を曲がって程なく、右側に「太天神天満宮」(だいてんじん・てんまんぐう)と書かれたこじんまりした神社があります。
書かれている説明によると、謡曲「鉢の木」で有名な、佐野源左衛門常世が創建したと伝わっているそうです。
昔は境内ももっと広く、荘厳な杉の木立に囲まれていたといいます。
社の後ろに、これも「秩父巡礼の道しるべ」という馬頭観世音があります。

この台石にも、「右やまな ふぢおか ちゝ婦」と刻まれているらしいのですが、判読できません。
しかも、方向が逆になっているようです。
昔、この天満宮前の道は「天神沢」と呼ばれ、佐野窪へ下り、烏川を渡って根小屋・山名へ通ずる重要な道だったそうです。
先ほどの馬頭観世音は、天神沢から左折する小道の角に建てられていたものを現在地へ移設したので、方向が逆になったということです。
天満宮から少し道を下ると、また右側に小さな祠がありました。
中にはお地蔵様が祀られていて、お花や供物も供えられています。

よく見ると、お地蔵様の顔から胸にかけて、白粉でも叩いたように白くなっています。
何か謂れがあるようで気になります。
お隣の家に飛び込んで、お尋ねしてみました。
「よく分かんねぇんだけど、薬師地蔵っつうんで、おしろい地蔵さんつうんで、昔、高崎の芸者さんだかなんかのを祀ってあるんじゃねぇんかねぇ。」
たまたま道を通りかかったご婦人にも、お尋ねしてみました。
「あー、昔からあらいねぇ。はぁ、ここで生まれて70年の上いるけど、分かるようになった時ゃ、はぁ、あったいねぇ。だけど、白いなぁ塗っちゃぁなかったよ。こういうんなぁ、最近じゃねぇんかねぇ。」
荘厳寺の「横澤先生」といい、この「おしろい地蔵」といい、どうも鎌倉街道には謎の物が多いようです。
どなたかご存知の方がいたら、ぜひ情報をお寄せください。
この先へ行くと、上信電鉄の線路に出てしまうので、戻ることにいたします。
その続きは、また次回。


右側の木の塀とブロック塀に挟まれた細い道。
これが鎌倉街道だと言われています。
![]() | 今日は、ここからスタートです。 |
![]() | すぐに、新幹線の高架でちょん切られてしまいます。 |
![]() | 新幹線の下を潜ると、ちょん切られた先の道が見えてきます。 |
![]() | 昔は緩やかにカーブしていたんでしょうが、今は不自然にカクカクと曲がっています。 |

双体道祖神にしては珍しく、あまりイチャイチャしていません。
天保四年(1833)建立で、僧形の男女が雲の上に乗っている、天孫降臨型と言われるものだそうです。

そのちょっと先へ行くと、「秩父巡礼の道しるべ」という標柱が建っています。

馬頭観世音の台石には、「左婦ぢおか(藤岡) ちゝぶミち(秩父道) 右髙﨑」と刻まれているそうですが、ちょっと判読できません。


角を曲がって程なく、右側に「太天神天満宮」(だいてんじん・てんまんぐう)と書かれたこじんまりした神社があります。
書かれている説明によると、謡曲「鉢の木」で有名な、佐野源左衛門常世が創建したと伝わっているそうです。
昔は境内ももっと広く、荘厳な杉の木立に囲まれていたといいます。


この台石にも、「右やまな ふぢおか ちゝ婦」と刻まれているらしいのですが、判読できません。
しかも、方向が逆になっているようです。
昔、この天満宮前の道は「天神沢」と呼ばれ、佐野窪へ下り、烏川を渡って根小屋・山名へ通ずる重要な道だったそうです。
先ほどの馬頭観世音は、天神沢から左折する小道の角に建てられていたものを現在地へ移設したので、方向が逆になったということです。

中にはお地蔵様が祀られていて、お花や供物も供えられています。

よく見ると、お地蔵様の顔から胸にかけて、白粉でも叩いたように白くなっています。
何か謂れがあるようで気になります。
お隣の家に飛び込んで、お尋ねしてみました。
「よく分かんねぇんだけど、薬師地蔵っつうんで、おしろい地蔵さんつうんで、昔、高崎の芸者さんだかなんかのを祀ってあるんじゃねぇんかねぇ。」
たまたま道を通りかかったご婦人にも、お尋ねしてみました。
「あー、昔からあらいねぇ。はぁ、ここで生まれて70年の上いるけど、分かるようになった時ゃ、はぁ、あったいねぇ。だけど、白いなぁ塗っちゃぁなかったよ。こういうんなぁ、最近じゃねぇんかねぇ。」
荘厳寺の「横澤先生」といい、この「おしろい地蔵」といい、どうも鎌倉街道には謎の物が多いようです。
どなたかご存知の方がいたら、ぜひ情報をお寄せください。
この先へ行くと、上信電鉄の線路に出てしまうので、戻ることにいたします。
その続きは、また次回。
(参考図書:「高崎漫歩」「高崎の散歩道 第二集」)
【今日の散歩道】
