春爛漫の「於菊(おきく)稲荷神社」です。(撮影:4月2日)
史跡看板は、一の鳥居の脇に建っていますが、ほかの史跡看板とはだいぶ趣きが異なり、神社の由来など書かれていません。
ここには8年前に訪問して記事を書いており、その中で簡単に由来も書きましたので、そちらをご覧ください。
◇むかし遊女で いま稲荷
その時から見ると社殿も新しくなり、随分ときれいになりました。
8年前、裏庭に住んでいた狐のファミリーも、表の「狐塚」前に引っ越して勢揃いです。
様々な願いが書かれた絵馬がずらーっと掛けられていて、たくさんの老若男女が訪れていることがわかります。
地域の人達にも愛されているようです。
「神楽殿」の隣に新しく造られた「御朱印受付所」は、ぜひ寄り込んで頂きたいところです。
御朱印やお守りももちろん頂けますが、中には貴重な宝物がたくさん展示されていて、小さな博物館のようです。
以前は見られなかった絵馬額や、蔵の中にずっと眠っていた新発見のお宝など、間近で見ることができます。
宮司さんがとても親切な方で、本には書かれていないような興味深い話を聞かせてくださいます。
私は、以前から気になっていた、境内の「於菊稲荷神社中興之神職 高橋宇吉翁寿碑」についてお尋ねしてみました。
高橋宇吉翁は、多野郡の「万場八幡宮」の神職でしたが、明治の初め、「於菊稲荷神社」の神職として新町へ来たのだそうです。
「於菊稲荷神社」は、文化・文政の頃に最も栄え、参詣の鈴の音が止むことがなかったといいます。
しかし、明治の神仏分離令により、別当寺の宝勝寺と切り離されてから荒廃していきます。
そんな中、宇吉翁は「通力自在」という、今でいえば高島易断の暦のようなものを発行し、これが評判となって神社経営に大きく寄与したとのことです。
また、新町という枠を超えた多くの人士との交流により、地域の発展にも大いに貢献したということで、人々はその功績を称えて、あのように大きな碑を建てたのだそうです。
ところで、本題とは関係ないのですが、神社のすぐ近くに、どれだけワンちゃんが好きなんだろう、というお家がありました。
とにかく、外壁にはワンちゃんの写真、地面やフェンスの上下にはワンちゃんの置物が、これでもか!ってほど飾られています。
ふと見ると、それに混じって迷道院の作った「上州弁番付表」も、貼って頂いてるじゃありませんか。
これは、光栄なことです。
ご挨拶をしたかったんですが、あいにくお留守のようでした。
いつかまた、お会いできたら嬉しいなと思っております。
ありがとうございました。
史跡看板は、一の鳥居の脇に建っていますが、ほかの史跡看板とはだいぶ趣きが異なり、神社の由来など書かれていません。
ここには8年前に訪問して記事を書いており、その中で簡単に由来も書きましたので、そちらをご覧ください。
◇むかし遊女で いま稲荷
その時から見ると社殿も新しくなり、随分ときれいになりました。
8年前、裏庭に住んでいた狐のファミリーも、表の「狐塚」前に引っ越して勢揃いです。
様々な願いが書かれた絵馬がずらーっと掛けられていて、たくさんの老若男女が訪れていることがわかります。
地域の人達にも愛されているようです。
「神楽殿」の隣に新しく造られた「御朱印受付所」は、ぜひ寄り込んで頂きたいところです。
御朱印やお守りももちろん頂けますが、中には貴重な宝物がたくさん展示されていて、小さな博物館のようです。
以前は見られなかった絵馬額や、蔵の中にずっと眠っていた新発見のお宝など、間近で見ることができます。
宮司さんがとても親切な方で、本には書かれていないような興味深い話を聞かせてくださいます。
私は、以前から気になっていた、境内の「於菊稲荷神社中興之神職 高橋宇吉翁寿碑」についてお尋ねしてみました。
高橋宇吉翁は、多野郡の「万場八幡宮」の神職でしたが、明治の初め、「於菊稲荷神社」の神職として新町へ来たのだそうです。
「於菊稲荷神社」は、文化・文政の頃に最も栄え、参詣の鈴の音が止むことがなかったといいます。
しかし、明治の神仏分離令により、別当寺の宝勝寺と切り離されてから荒廃していきます。
そんな中、宇吉翁は「通力自在」という、今でいえば高島易断の暦のようなものを発行し、これが評判となって神社経営に大きく寄与したとのことです。
また、新町という枠を超えた多くの人士との交流により、地域の発展にも大いに貢献したということで、人々はその功績を称えて、あのように大きな碑を建てたのだそうです。
ところで、本題とは関係ないのですが、神社のすぐ近くに、どれだけワンちゃんが好きなんだろう、というお家がありました。
とにかく、外壁にはワンちゃんの写真、地面やフェンスの上下にはワンちゃんの置物が、これでもか!ってほど飾られています。
ふと見ると、それに混じって迷道院の作った「上州弁番付表」も、貼って頂いてるじゃありませんか。
これは、光栄なことです。
ご挨拶をしたかったんですが、あいにくお留守のようでした。
いつかまた、お会いできたら嬉しいなと思っております。
ありがとうございました。
【於菊稲荷神社】