城南地区の「鎌倉街道武者行列」を見て以来、「鎌倉街道」が気になって仕方ありませんでした。
ちょいと調べてみたのですが、これがなかなか手強い相手でした。
何しろ、鎌倉幕府が滅亡してからでも、既に680年くらい経ってる訳ですから、道が残っている方が不思議なくらいで。
芳賀善次郎氏著「旧鎌倉街道探索の旅」によると、左図のように実に沢山の「鎌倉道」があるそうです。
芳賀氏は、上道(かみみち・かみつみち・かみのみち)と呼ばれる、鎌倉から高崎までの約140kmの道すじを実際に歩いて調査しています。
その芳賀氏も、高崎に入ると途端に道筋を探しあぐね、「高崎の散歩道」を頼りに消えた道筋を辿っている様子が文中から見てとれます。
では、地図上で高崎の「鎌倉道」の見当を付けてみましょう。


何しろ、鎌倉幕府が滅亡してからでも、既に680年くらい経ってる訳ですから、道が残っている方が不思議なくらいで。
芳賀善次郎氏著「旧鎌倉街道探索の旅」によると、左図のように実に沢山の「鎌倉道」があるそうです。
芳賀氏は、上道(かみみち・かみつみち・かみのみち)と呼ばれる、鎌倉から高崎までの約140kmの道すじを実際に歩いて調査しています。
その芳賀氏も、高崎に入ると途端に道筋を探しあぐね、「高崎の散歩道」を頼りに消えた道筋を辿っている様子が文中から見てとれます。
では、地図上で高崎の「鎌倉道」の見当を付けてみましょう。
次回は、実際に歩いてみることに致しましょう。
