岡村合名会社のレンガ倉庫から25mほど行くと、旧・高崎中学校のイチョウ並木です。
さらに100mほど行った十字路を、真っ直ぐ進みます。
君ヶ代橋へ抜ける道(県道27号)を横断して、真っ直ぐ行くのが旧室田街道です。
入ってすぐ左に曲がります。
何となく、昔の街道っぽいです。
80mほど行くと、スーパー「両水」前の道と交差します。
あれ?「スギ薬局」になってる。
あぁ、この「両水」も無くなったんですね。
交差点を渡って「室田街道」を進みます。
400mほど行くと、かつて、こんなのどかな風景が見られたようです。
「松井牧場」です。
土屋喜英氏著「高崎漫歩」に、こう書かれています。
「 | 国道(現・県道27号)を過ぎた辺りは、広々とした田園風景が続き、その中に北欧か北海道の広野を連想させるような松井牧場の建物が眼に写り、蒸気機関車が黒煙を吐きながら重そうに列車を引いていく。(略) |
松井牧場は、吾妻出身の中島優太郎が建物を建て開業したが、開業後まもなく死亡した。 | |
その後、旧北甘楽郡小野村相ノ田(現富岡市)出身の松井里平が大正十五年(1926)四月、乳牛を含め施設一切を購入して松井牧場として開業した。(略) | |
松井牧場の最盛期には乳牛ニ十頭、従業員は住み込みや通勤の者十人ほどで、当時としては近代的なボイラーの設備があり、殺菌して出荷していた。(略) | |
松井牧場の乳牛の数から考えると、供給家庭は千五百軒ほどになり、高崎全市、豊岡、板鼻、榛名町、安中、原市が営業地域であった。(略) | |
昭和十九年(1944)ごろから戦争のため極度の食糧難となり、乳牛の飼料が得られず、昭和二十年(1945)三月に牧場を閉鎖した。」 |
現在、その地は「群馬建材」という会社になっています。
ぐるっと裏側へ回ってみると、何となくまだ牧場の雰囲気が残っていて、ちょっぴり嬉しかったです。
最近、ある会で並榎町区長の野口さんに「いま、区長さん家の周りをウロウロしてるんですよ。」なんて話をしたら、
「むかし、松井牧場ってのがあって、牧場時代のものが群馬建材に残ってますよ。」ですって!
早速行ってみました。
その時の話は、また次回。
【松井牧場跡】
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