なんと!酒井区長さんのお宅は、「神武神社」の社務所だったのです。
「あそこに鳥居があって、あそこに社殿があって・・・」
と、実によくご記憶でした。
お話を聞いていると、それまで見えなかった面影が、見えるような気がしてくるのが不思議です。

「神武遙拝所」周辺のことも、いろいろ教えて頂きました。
「神武三階湯」「上和田鉱泉」「鯉池(こいけ)」など、「高崎の散歩道」にその名前が出てくるのですが、場所が分かりませんでした。
それらも、酒井区長さんのおかげで、場所を特定することができました。
遙拝を済ませた後、湯に入って一杯飲めるという、「神武三階湯」です。
ここが、その跡地です。↓

もうひとつの湯が、明治三十年(1897)発行の「高崎繁昌記」にも記されている「上和田鑛泉」です。
「奥の湯」とも呼ばれていたようで、ここが、その跡地です。
「神武遙拝所」参道に架かっていた「畝傍(うねび)橋」の下にあったのが、「鯉池(こいけ)」という川魚料理屋でした。
当時、ここは湿地のような堀で、鯉の泳ぐその上に建つ料亭ですから、さぞかし風情があったに違いありません。
「神武坂」に戻って改めて辺りを見回すと、ちょうど坂の分去りの角に、こんな素敵な佇まいの家がありました。

もう一度、酒井区長さんのお宅に押し掛けて確認したところ、この家が「鯉池」さんの建物に間違いないことが分かりました。
面影を残してくれていて、とても嬉しい気持ちになりました。
こう見てくると、往時の「神武坂」界隈は、一大リゾート地だったことが分かります。
ご利益のある神社・仏閣、美味い料理と日帰り温泉、季節の花と水の流れ、そして遥か彼方を見晴らす眺望。
今、賑わっている観光地の要素が、すべて揃っていた訳です。
「あそこに鳥居があって、あそこに社殿があって・・・」
と、実によくご記憶でした。
お話を聞いていると、それまで見えなかった面影が、見えるような気がしてくるのが不思議です。

「神武遙拝所」周辺のことも、いろいろ教えて頂きました。
「神武三階湯」「上和田鉱泉」「鯉池(こいけ)」など、「高崎の散歩道」にその名前が出てくるのですが、場所が分かりませんでした。
それらも、酒井区長さんのおかげで、場所を特定することができました。

ここが、その跡地です。↓


「奥の湯」とも呼ばれていたようで、ここが、その跡地です。

当時、ここは湿地のような堀で、鯉の泳ぐその上に建つ料亭ですから、さぞかし風情があったに違いありません。
「神武坂」に戻って改めて辺りを見回すと、ちょうど坂の分去りの角に、こんな素敵な佇まいの家がありました。

もう一度、酒井区長さんのお宅に押し掛けて確認したところ、この家が「鯉池」さんの建物に間違いないことが分かりました。
面影を残してくれていて、とても嬉しい気持ちになりました。
こう見てくると、往時の「神武坂」界隈は、一大リゾート地だったことが分かります。
ご利益のある神社・仏閣、美味い料理と日帰り温泉、季節の花と水の流れ、そして遥か彼方を見晴らす眺望。
今、賑わっている観光地の要素が、すべて揃っていた訳です。