2022年08月06日

高崎唱歌散歩-2番 これでおしまい♪水道や・・・

「春日堰取水場」の完成は明治四十一年(1908)十一月十二日でしたが、そこから「剣崎浄水場」まで水を送る「導水管」の工事に着手したのは、ちょうど一年後の明治四十二年(1909)十一月八日でした。
四十一年九月から着工されていた「剣崎浄水場」の工事との関係だったのでしょう。

現在、「導水管」は国道406号線の道路下に埋設されているそうですが、最初はその南の丘陵部を通っていたようです。
高崎唱歌散歩-2番 これでおしまい♪水道や・・・

しかし、その具体的な経路はよく分かりません。
「高崎市水道誌」を拾い読みしてみても、
水道線路は前記神山町を基点とし・・・
線路に沿ひたる地名
碓氷郡里見村大字上里見村・中里見村・下里見村、同郡八幡村大字若田村・八幡村・剣崎村・・・
導水管線路は概して丘陵起状する処なるを以て、従て盛土を要する個所多く・・・
此部分の地理は現今(注、大正末年)神山町内県道にして、古老の伝ふる所、往昔烏川の流れし所なりと言ふに・・・
という具合で、何とも漠然としています。

ただ、実は二年前、偶然にも、その「導水管」が埋設されていたという場所を教えて頂いたことがあります。
その方は、「水道みち」と仰ってました。
高崎唱歌散歩-2番 これでおしまい♪水道や・・・
「水道みち」を地図上で延長していくと、「ベイシア」の南側丘陵部の道につながっていそうです。

行ってみると、ヘアピンカーブの所に、「水道みち」だったらしい痕跡を見つけました。
高崎唱歌散歩-2番 これでおしまい♪水道や・・・
高崎唱歌散歩-2番 これでおしまい♪水道や・・・
「水道みち」らしき痕跡は、ヘアピンカーブを横切って、さらに南東方向へ向かっています。
高崎唱歌散歩-2番 これでおしまい♪水道や・・・
その痕跡をずーっと行くと、「向井住民センター」の脇を通って「郷見神社」のところに出ます。
高崎唱歌散歩-2番 これでおしまい♪水道や・・・
境内から南東の方向を見ると、遠くに「城山稲荷」が見えます。
高崎唱歌散歩-2番 これでおしまい♪水道や・・・
「導水管」からの水漏れが原因ではないかとも言われた、土砂崩落災害が発生したところです。

「高崎市水道誌」「導水管」の写真が掲載されてました。
(注:崩落現場のものではありません)
高崎唱歌散歩-2番 これでおしまい♪水道や・・・
土管だったんですね。
仕様も書かれています。
引用水管は円管口径壱尺二寸(36.4cm)とす
管は混凝土管にしてその割合「セメント」一、洗砂三なり
混凝土管は上部の土圧に耐ゆるの為、充分之を厚く作り掘鑿せり
地面を搗き固めて之を据付け接合部には麻を詰め込みこれに調合「セメント」一、砂一の「モルタル」を充填し粘土を以て囲繞す

「城山稲荷」からも、「水道みち」らしき道が南東へ向かって切れ切れに続いているように見えます。
高崎唱歌散歩-2番 これでおしまい♪水道や・・・

近くをウロウロしていると、面白いものを見つけました。
高崎唱歌散歩-2番 これでおしまい♪水道や・・・
切り通しのように見えますが、それにしてはきれいに石が積まれています。
よく見ると、こんな文字が刻まれていました。
高崎唱歌散歩-2番 これでおしまい♪水道や・・・
これ、もしかすると、「導水管」を架け渡すための橋脚だったんじゃないでしょうか。

さらにウロウロすると、少し離れた所に「第五號」というのもありました。
高崎唱歌散歩-2番 これでおしまい♪水道や・・・
高崎唱歌散歩-2番 これでおしまい♪水道や・・・
高崎唱歌散歩-2番 これでおしまい♪水道や・・・
「第六號」は明治四十二年(1909)、「第五號」は明治四十三年(1910)竣工となっています。
探せば、まだどこかに「第一號」「第四號」が残っているのかも知れません。

さて、「春日堰取水場」から3,908間(7.1km)、「水道みち」を通って敷設された「導水管」「剣崎浄水場」に接続され、ついに高崎市内に上水道が供給されたのは明治四十三年(1910)十一月三十日のことでした。
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112年後の今も、現役で活躍しています。
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信州大学の中本信忠教授は「日本一おいしい水」だと評価しています。
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帰りがけに「若田浄水場」内の「水道記念館」へ寄ってみたら、「あれ?」と思うものを見つけました。
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高崎唱歌散歩-2番 これでおしまい♪水道や・・・
やっぱり、あの橋脚らしきものは「導水管」用だったようです。

やれやれ、これで「高崎唱歌」二番を、どうにか終わらせることができました。
ふぅー。


【導水管橋脚第六号】

【導水管橋脚第五号】





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この記事へのコメント
こんにちは。

2010年に調べたのでもうだいぶ前の事になりますが
第二號、第三號は八幡霊園のがけ下に残っていました。

第二號は北側から細い山道を登り詰めたところで、
八幡霊園側からは柵の下に見えていました。

第三號は、下からアクセスできる道はなく、
八幡霊園の柵を乗り越えて降りるしかありません(時効でしょう…)

第四號があったとおぼしき谷にも入りましたが何も見つかりませんでした。

当時の水路管なのかわかりませんが果樹園の中に一部コンクリートの管が露出しているところがありました。

なにぶん古い話であり、再確認に行きたいところですが毎日蒸し暑く、草が茂って見にくいこともあり、草の枯れた頃に行くのがよいかもしれません。
Posted by たまごとじ  at 2022年08月14日 13:39
>たまごとじさん

さすがですねぇ。
全部発見されたんですね。
私は暑さに恐れをなして、探そうとしませんでした。
たまごとじさんに感服です。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2022年08月15日 05:51
いえいえ、12年前の私はもっと元気だったんで見たいものがあれば即出かけたわけです。

第二號は明治四十三年、
第三號は明治四十二年竣工と刻まれていました。
いずれも導水管(鉄製)の切り口が残っていました。
Posted by たまごとじ  at 2022年08月15日 09:54
>たまごとじさん

そうですか。
今となっては貴重な遺跡なので、説明板みたいのを建ててもよいように思いますね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2022年08月15日 19:05
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