れれっ?何で「招き猫」?
見た時はびっくりした。
だが、見ている内に楽しくなった。
これは、観音山「清水寺」の石段を登っていくと見ることができる。
高崎の新(珍)名物になるかも知れない景色だが、見たことがある人は意外と少ないかも知れない。
というのも、近頃この石段を登って観音山へ行く人を、ほとんど見かけなくなったからだ。
観光客も含め、今、観音山へは車で石段の前を直角に曲がり、羽衣坂を上がって頂上駐車場へ行ってしまう。
いったい、何%の人が、駐車場から清水寺まで足を延ばしてくれているのだろうか。
「清水寺」は、征夷大将軍坂上田村麿が蝦夷征討で戦死した武士の冥福を祈り、京都の清水観音を勧請して開基したというのが定説になっている。
「清水寺」の脇にある堂を「田村堂」と呼ぶのは、その田村麿の像を安置しているからである。
ただ、不思議なのは「清水寺」を「せいすいじ」と読むことである。
京都の「清水寺」を「きよみずでら」と読むのは、誰でも知っている。
その京都「清水寺」の観音様を勧請したのであれば、「きよみずでら」と呼ぶのが普通だと考えるのだが、いかがであろうか。
因みに、「清水寺」と書く寺は全国に83ヵ所あるというが、「きよみずでら」が20、「せいすいじ」が58となっている。(残り5寺は読み不明)
ともあれ、「観音山」という名前が、この「清水寺」のご本尊、「千手観音像」からきていることを思うと、この石段の参拝道を利用する人の少なさと、「清水寺」の寂れようは、実に悲しく、もったいないと思うのである。
518段の石段を登るのが大変と考える向きもあろうが、讃岐の金毘羅さまはそれを上回る785段もある。
問題は石段ではなく、それを「観光資源」と考えるか否かというセンスの問題であることは、明々白々である。
高崎市のHPでも、高崎観光協会のHPでも、この「石段ルート」を積極的に紹介してはいない。
そこで提案である。
「石段ルート」を、白衣大観音参詣の正式ルートと位置付けようではないか!
「このルートを通れば、ご利益が弥増す(いやます)」と宣伝すれば、人々は多少無理をしてでも利用するようになるだろう。
どうしても脚に自信のない人は、電気自動車や馬車で羽衣坂を上がっていけばよい。
もちろん、石段下に駐車場を整備することは必須である。
高崎市および、高崎観光協会のHPも、お勧めコースとして紹介していただきたい。
ルート(路)の名前も市民から公募し、さらに市民の投票によって選抜するようにすれば、自ずと市民の関心も高まるだろう。
このルートを利用する人が増えれば、麓に商店が増え、清水寺のお賽銭が増え、田村堂を知る人が増え、下仁田戦争を知る人が増え、平和塔へ行くまでの路に土産店が増え、土産店同士の切磋琢磨が増え、そして何より、観音山へのリピーターが増えること間違いない。
讃岐の金毘羅さんのように、石段あればこその賑わいぶりが目に浮かぶ。
そうなれば、あの石段から見える「招き猫」も、さぞかし喜んでくれることだろう。
見た時はびっくりした。
だが、見ている内に楽しくなった。
これは、観音山「清水寺」の石段を登っていくと見ることができる。
高崎の新(珍)名物になるかも知れない景色だが、見たことがある人は意外と少ないかも知れない。
というのも、近頃この石段を登って観音山へ行く人を、ほとんど見かけなくなったからだ。
観光客も含め、今、観音山へは車で石段の前を直角に曲がり、羽衣坂を上がって頂上駐車場へ行ってしまう。
いったい、何%の人が、駐車場から清水寺まで足を延ばしてくれているのだろうか。
「清水寺」は、征夷大将軍坂上田村麿が蝦夷征討で戦死した武士の冥福を祈り、京都の清水観音を勧請して開基したというのが定説になっている。
「清水寺」の脇にある堂を「田村堂」と呼ぶのは、その田村麿の像を安置しているからである。
ただ、不思議なのは「清水寺」を「せいすいじ」と読むことである。
京都の「清水寺」を「きよみずでら」と読むのは、誰でも知っている。
その京都「清水寺」の観音様を勧請したのであれば、「きよみずでら」と呼ぶのが普通だと考えるのだが、いかがであろうか。
因みに、「清水寺」と書く寺は全国に83ヵ所あるというが、「きよみずでら」が20、「せいすいじ」が58となっている。(残り5寺は読み不明)
ともあれ、「観音山」という名前が、この「清水寺」のご本尊、「千手観音像」からきていることを思うと、この石段の参拝道を利用する人の少なさと、「清水寺」の寂れようは、実に悲しく、もったいないと思うのである。
518段の石段を登るのが大変と考える向きもあろうが、讃岐の金毘羅さまはそれを上回る785段もある。
問題は石段ではなく、それを「観光資源」と考えるか否かというセンスの問題であることは、明々白々である。
高崎市のHPでも、高崎観光協会のHPでも、この「石段ルート」を積極的に紹介してはいない。
そこで提案である。
「石段ルート」を、白衣大観音参詣の正式ルートと位置付けようではないか!
「このルートを通れば、ご利益が弥増す(いやます)」と宣伝すれば、人々は多少無理をしてでも利用するようになるだろう。
どうしても脚に自信のない人は、電気自動車や馬車で羽衣坂を上がっていけばよい。
もちろん、石段下に駐車場を整備することは必須である。
高崎市および、高崎観光協会のHPも、お勧めコースとして紹介していただきたい。
ルート(路)の名前も市民から公募し、さらに市民の投票によって選抜するようにすれば、自ずと市民の関心も高まるだろう。
このルートを利用する人が増えれば、麓に商店が増え、清水寺のお賽銭が増え、田村堂を知る人が増え、下仁田戦争を知る人が増え、平和塔へ行くまでの路に土産店が増え、土産店同士の切磋琢磨が増え、そして何より、観音山へのリピーターが増えること間違いない。
讃岐の金毘羅さんのように、石段あればこその賑わいぶりが目に浮かぶ。
そうなれば、あの石段から見える「招き猫」も、さぞかし喜んでくれることだろう。