これは正しく先日の記事に出てきた高崎の「産業遺産」ですね。
話題は飛びますが、繭の字を見てアーツ前橋のロゴマークを思い出しました。
蚕が繭をつくる場所を「まぶし」というのですね。食いしん坊の風子は「ひつまぶし」を連想してしまいました^^。
高崎市歴史民俗資料館にはまだ行ったことがないのですが、ぜひ行ってみたいです。
>ふれあい街歩きさん
はい、「産業遺産」ですね!
いま群馬県全体が、富岡製糸場を核に「絹遺産」群として見直されてきていますが、どうも高崎はその仲間に入ろうとする気はなさそうです。
その中で、昔はほんの身近なところに絹産業があったということを教えてくれる、今回の企画展です。
アーツ前橋、なかなかセンスいいですね!
庶民のニーズをうまく捉えている感じがします。
なにかとお高くとまる癖のある高崎にとっては、強敵になりそうです。
>風子さん
あはは(^_^)
「ひつまぶし」ねー。
私は逆に「ひつまぶし」と書かれているのを見ると、「ひまつぶし」と読んでしまいます。
「回転まぶし」ってすごいんですよね。
お蚕が上に昇りたがる習性を使って、上が重くなったら自然に回転して、下が上にくるようになってるんですって。
面白いことをたくさん教えてもらいました。
ぜひ、お出かけください!
学校が休みになりました。
おらが村では、はるごのお蚕様が叢「ず」になる頃は学校が休みになりました。
はるご、なつご、あきご、晩秋、晩晩秋と
5回でしたが、晩晩秋では、部屋を目張りをして
炭、練炭で保温して育てましたが、
なつごでは、蚕が桑を食べる音が耳に
残っていますが、
今は昔の事になりましたね。
>wasada49さん
「叢(ず)」という言葉は、初めて聞きました。
養蚕では普通に使われる言葉なんですか?
蚕が桑を食べる音については、皆さんよく仰いますね。
生活の音だったんですね。
叢(ず)については、私の父が農協職員だったためノートに書かれていましたので、私の父の事ですから、当て字かも知れませんが、
私の知る限り東毛地区では、ズ又はズウと表現していました。
糸を吐く準備ができると、からだが少し小さくなり黄色く透き通ったようになります。えさも食べなくなります。正確には「熟蚕}と言います。
なを、「回転まぶし」は昭和30年代に考案され
普及してのは、40年代になりますが、
大規模養蚕家以外では購入できませんでしたので
ワラを亀甲状、又は断面をノコギリ型に編んだ
ワラまぶしを、バッラックに敷いていました。
>wasada49さん
ご丁寧に教えて頂き、ありがとうございました。
お蚕を飼っていた皆さんにとっては、懐かしい想い出なのでしょうね。
まさに、「蚕の懐古」ですか。
「記憶遺産」として、いつまでも残したいものですね。
この記事を読んで
義母から
蚕の雌雄鑑別の話を聴いたことを
思い出しました。
ひまつぶしに
マイブログ「いちじんの雑記帳」に
そのことを書きましたので
お時間がありましたら
お出かけください。
>いちじんさん
そうでしたね、その記事憶えてます。
新しい記事も読ませて頂きました。
http://kokoronotabi.cocolog-nifty.com/kokoro/2013/11/post-f3b0.html
ぜひお義母さんと一緒に、歴史民俗資料館にお出かけください。