
この道路沿いの民家のブロック塀なんですが、何かお気づきになるでしょうか。↓

もう少し、近づいてみましょうか。

1枚のブロックだけが、他のと違うんですが・・・。
よく見ると、こんな金属プレートが嵌め込まれているのです。
古墳が解体されたのは、つい最近なので、どんな古墳だったのか気になります。
プレートに刻まれている新後閑さんのお宅を訪ね、写真などが残っていないかお聞きしましたが、残念ながらお持ちではありませんでした。
諦めきれずに、歴史民俗資料館に電話してみたのですが、折悪しく古墳のことに詳しい職員さんがお休みでした。
こうなると意地でも知りたくなってしまうもので、今度は、市の文化財保護課に電話をしてみました。
「南大類にある、諏訪山古墳の調査報告書があれば、見せて頂きたいのですが。」とお話ししたところ、すぐにはどの古墳のことか分からないようでした。
しかし驚いたことに、これからそのプレートを確認しに行って、分かったら電話をして頂けるというのです。
そして、その日の内にお電話を頂き、調査報告書も写真も残っていて、閲覧・コピーも可能というご返事でした。
あまりに迅速な対応に驚きながら、日を改めてお伺いすることに致しました。
後日、市庁舎15階の文化財保護課に出向いて要件を伝えると、すぐに埋蔵文化財担当の田口係長が応対して下さいました。

これを見ると、予定道路の真ん中に墳丘部があり、解体せざるを得なかったことがよく分かります。
また、周濠の跡もはっきり分かり、古墳全体の大きさや形も何となく想像がつきます。
今まで、何の変哲も感じなかった畑や田んぼのへりが、俄かに古墳の一部として蘇ってきます。

この「諏訪山古墳」、昭和十三年(1938)発行の「上毛古墳総覧」では、「第13号 諏訪山」となっていることも分かりました。
形状円形、大きさ100尺(約30m)、高さ15尺(約4.5m)とあります。
一個人が残してくれた一枚のプレートのおかげで、ここまで追跡することができました。
古墳に限らず、歴史遺産、特に個人所有のものを保存することの難しさは、察するに余りあります。
この一枚のプレートは、例え解体せざるを得なくなったとしても、後世にその存在を追跡する手掛かりを残すという、よいヒントを与えてくれているのではないでしょうか。
【諏訪山古墳跡のプレート】