2011年04月19日

鎌倉街道探訪記(23)

薬師沢から山名方面に300mほど、向かってくる車に身を細めるようにしながら歩くと、「根小屋七沢」の一番端にある柳沢です。




ここも暴れ沢だったのでしょうか、道の反対側には電話BOXと並んで、観音様?お地蔵様?が建っています。

さらに250mほど歩くと、山名町北の交差点です。

やれやれ、ここまでの道は歩道もなく、身の危険を感じるほどで、散歩道としてはお勧めできません。
できれば、往時の鎌倉街道のように、丘陵沿いに安心して歩ける道を造って欲しいものです。

現代の鎌倉街道は、この交差点を右に曲がります。

上信電鉄の踏切を渡り、道なりに進むと、雰囲気のある崖下の道に出ます。

ハナダイコンの中で、野ぼとけさん達がかくれんぼをしていました。


山名町北交差点からおおよそ800m、坂道をえっちらおっちら上ると「山の上の辻」に出ます。

立派な地蔵堂は平成四年(1992)に新築されたようですが、中のお地蔵様はずいぶん前からここにいるのでしょう。
お疲れと見えて、座ってらっしゃいます。

「山の上の辻」から右の道を行くと、鎌倉街道探訪記(16)の謡曲「鉢木」に登場する「山本の里」です。

山本宿とも呼ばれる鎌倉街道の宿場で、旅籠や寺があったそうです。

春霞に煙る風景を眺めていると、当時の宿場が見えたような気がしました。

山本宿方面へ行ってみたいところですが、明るい内にあの危険な県道を歩いて、車を止めたところまで戻らなくてはなりません。
「山の上の辻」から地蔵堂裏の道を通って、山名八幡宮を目指すことに致しました。
この続きは、また次回。

【柳沢橋】


【山名町北交差点】


【山の上の辻】






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Posted by 迷道院高崎 at 21:58
Comments(8)鎌倉街道
この記事へのコメント
のどかな春のてくてくが、じんとします写真もいい感じ。しかし狭い道にはくれぐれもお気をつけて下さい。

この非日常的な日常を引き受けざるをえない僕らですが、淡々と、しかも自覚的に生活するって「いざ鎌倉」の心意気を今に、でしょうか
Posted by 忠やん  at 2011年04月20日 06:52
>忠やんさん

のどかな春を味わえる幸せを、つくづく感じながら歩いております。

「いざ鎌倉」と痩せ馬にまたがって馳せ参じた常世も、普段は自分の境遇を嘆き暮らしていたようです。
人生はあざなえる縄の如し、不運に希望を失わず、幸運に自らを失わず、・・・分かっちゃいるけど(^^ゞです。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2011年04月20日 21:27
あぁ・・
迷道院さんのブログ

和む  なぁ
Posted by キューピーキューピー  at 2011年04月20日 21:30
>キューピーさん

あー、和み絵画伯のキューピーさんにそう言って頂くと、励みになります。

何度か、くじけそうになった時もあるんですが・・・。
ありがとうございます。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2011年04月20日 21:47
細い路が合わさって
何時しか大河になり
鎌倉へと向かいます。

”いざ鎌倉”です。
老兵も痩せ馬に跨りました。
Posted by 捨蚕捨蚕  at 2011年04月21日 08:57
>捨蚕さん

痩せ馬ですか?
元気いっぱいの駿馬でしたよ(^_^)

若い力で、大河の流れを変えてください。
期待してます!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2011年04月21日 20:04
辻のお地蔵様で思い出しました!
2月に山上碑を探し歩いたとき(車でしたらすぐわかったのですが)ちょうど、この辻で地元の方に教えていただいて、道に迷わないで済んだ思い出の場所^^でした。

あのあたりに宿場や旅籠があったのですね。
そうえば・・・山上碑の階段脇には、江戸中期に遠くまで行かれない庶民の知恵だったのでしょう、ミニ巡礼として巡った札所址の看板もありました。
Posted by 風子  at 2011年04月26日 10:40
>風子さん

山の上の辻で地元の方に出会ったのは、もしかするとお地蔵様のお導きだったかもしれませんね。

山ノ上古墳のところには、昔、山名にあった宝積寺持ちの観音堂があって、窟堂と呼ばれていたそうです。
ここが、緑野・多胡・甘楽の三郡坂東三十三観音の四番札所だったとかで、今、古墳の玄室に安置されている馬頭観音がそれだそうです。

昔の人の信心深さには、本当に頭が下がりますね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2011年04月26日 21:10
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