倉賀野下町の「古堤」のすぐそばに、「諏訪神社」があります。倉賀野城主・金井淡路守が武田信玄の命により、信州の諏訪神社を勧請したと言われています。
この神社には、なぜか蛇にまつわる話が付きまとっています。
倉賀野神社に伝わる「飯玉縁起」に登場する飯玉八郎が、倉賀野神社の御手洗池に住んでいた大蛇を退治して、頭を倉賀野神社に、尾をここ諏訪神社に祀ったという話が伝わっています。
また、昔、諏訪神社の近くに「穴池」という大きな池があって、そこに大蛇が住みついていたという話もあります。
その大蛇を、下町の人達が退治したのですが、祟りを恐れて諏訪神社に祀ったのだそうです。
そこで以前は、諏訪神社の拝殿に飾る注連縄(しめなわ)は、大蛇をかたどってあったといいます。
その名残りでしょうか、拝殿の注連縄は白い布が巻いてある珍しいものです。
さらに、境内の奥には「池鯉鮒神社」というのが祀られています。「ちりう・じんじゃ」と読むそうで、愛知県知立(ちりゅう)市から勧請された「蝮(まむし)除け」の神様だそうです。
「ちりう」は「茅生」とも書き、茅(かや)の沢山生えている所という意味もあるので、そんな場所に生息している蝮に噛まれないための信仰なのでしょう。
もともとは、「荒神山」のちょっと東、字大道南に祀られていた小祠で、明治末期の神社整理で諏訪神社境内に移されたものです。
諏訪神社の境内には、驚くほど立派な土俵が設(しつら)えてあります。毎年8月26日が祭礼日で、その日にこの土俵で「子ども相撲」が催されるのだそうです。
また、以前は山車も出たようですが、今は8月16日の「閻魔堂」の祭りにだけ山車を繰り出すようです。
諏訪神社境内の整備には、下町町民の力が大きく関わっています。
そのことについては、5月31日の記事、「嬉しい話」をご覧ください。
(参考図書:「高崎市史民俗調査報告 第七集」「続・徐徐漂たかさき」)
【諏訪神社】
【閻魔堂】




















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その内、奥様が





















