2011年03月06日

鎌倉街道探訪記(20)

いやー、ほんとに久しぶりの鎌倉街道です。
三寒四温の春ですが、取材した日は三寒の真っただ中でした。

佐野から根小屋へ渡る「一本松橋」の上も、強烈な風が吹き抜けていました。

「一本松橋」は、昭和五十三年(1978)にコンクリート造りの永久橋となりましたが、それまでは毎年のように大水で流されていたそうです。

橋のない時には、渡し舟で川を渡っていたようです。
下佐野出身の郷土史家・高山勇氏が、見事な毛筆画でその様子を残して下さっています。

右端に、「川籠石」というのが描かれていますが、「こうご石」と読みます。
川を渡る場所や水嵩の目安にしたそうで、「川越石」とも書いたようです。
「かわごえ石」「かわご石」「こうご石」となったのでしょう。

また、「神籠石」と書くこともあるようです。
「川籠石」「籠」の字に「籠(こも)る」という意味を感じて、「こう」「神々(こうごう)しい」「神」をあて、「神が籠る石」としたものでしょう。
私は、この方が好きです。

「一本松橋」から上流を望むと、
250mほど先に、その「川籠石」が見えます。

昔は、この石の周りを水が渦巻いて流れていたといいます。
また、石が根小屋側へ斜め向きになっているため、大水の時には根小屋側の岸を崩すということで、根小屋下佐野との間では、江戸時代から争いがあったそうです。

昭和二十五年(1950)頃にも、そのことを理由に根小屋の人が20人ほどで「川籠石」の上部を割り取リ始めたことがあり、それを崖上から見た佐野の区長は、火の見の鐘を鳴らして村人を集めて抗議したということです。(下佐野町史)

今は、下佐野側からも根小屋側からも、「川籠石」の近くまで行ける道は見当たりません。
そのためか土地の人も、川の中に大きな石があることは知っていても、「川籠石」という名前をご存知の方は少なくなっているようです。

「川籠石」というのは地名になっていて、昭和十年(1935)の「佐野全図」の右下に、その小字名が見えます。

そしてその左上には、「赤石」という小字名もあります。
赤石という姓の人も住んでいるのですが、この近くの烏川の中に「赤石」という石があるのです。





←分かるでしょうか?
佐野橋から遥か下流500mほど先に、それらしき石がかろうじて見て取れます。


もっと近くで見られないものかと崖上をうろうろし、やっと河原に下りられる道を見つけて、下流側から撮ったのが右の写真です。→

昔はもっと大きかったようですが、「川籠石」と同じ理由で、根小屋側の人に上部を割り取られてしまったということです。

さて、今回ご紹介した「川籠石」「赤石」を知らなかったという方でも、
高崎人なら、「聖石」(ひじりいし)はご存知でしょう。

これら「川籠石」「赤石」「聖石」を称して、「烏川三石」とか「烏川の三名石」とか言うのだそうです。
ご存知でしたか?私は、知りませんでした。

次回は、いったん戻って、この「聖石」を見に行くことと致しましょう。
ぼっとすると、「聖石」を見たことがない高崎人もいるんじゃないかな?


【川籠石・赤石】






同じカテゴリー(鎌倉街道)の記事画像
いざ!歴民 鎌倉街道へ!
鎌倉街道探訪記 おまけのおまけ
鎌倉街道探訪記のおまけ
鎌倉街道探訪記(36)
鎌倉街道探訪記(35)
鎌倉街道探訪記(34)
同じカテゴリー(鎌倉街道)の記事
 いざ!歴民 鎌倉街道へ! (2012-03-21 08:04)
 鎌倉街道探訪記 おまけのおまけ (2011-09-17 07:36)
 鎌倉街道探訪記のおまけ (2011-09-10 09:12)
 鎌倉街道探訪記(36) (2011-09-04 12:13)
 鎌倉街道探訪記(35) (2011-08-20 09:00)
 鎌倉街道探訪記(34) (2011-07-02 06:51)

Posted by 迷道院高崎 at 22:09
Comments(8)鎌倉街道
この記事へのコメント
拝啓
隠士、お久しぶりです。

鎌倉街道探訪記の続編を楽しみにしていました。
1月の厳寒に佐野橋まで見に行きました。定家神社は車がうまく置けなくて、まだ覗いてみませんが、佐野周辺の面白さは格別な気がします。

今後の探訪にますます期待しています。

   夢寅 拝
Posted by 夢寅  at 2011年03月06日 23:10
それにしても、小字名て説得力ありますね。
貴重な高崎の財産ですね。
様々な過去のことを教えてもらえますね。
次回が楽しみです。
Posted by 捨蚕捨蚕  at 2011年03月07日 14:09
佐野小の同級生に
赤石君、そして赤石さんがいました。
船橋君同様
地名と苗字との繋がりを
強く感じます。

高崎五万石カルタの紹介
お世話になります。
Posted by いちじん  at 2011年03月07日 17:25
>夢寅さん

当方こそ、ご無沙汰しております。

定家神社はあんな広い境内があるのに、車は停めさせてもらえないんですよね。
放光神社に停めても近いですけど。

夢寅さんも、三寒四温のなか頑張っておられますね。
いつも写真、楽しみに拝見しております。
早く、暖かくなってほしいですね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2011年03月07日 23:17
>捨蚕さん

はい、小字名面白いです。
交差点やバス停の名前などには、今も残っているのが面白いですね。

小字名を表記した地図を売り出せば、けっこう売れるんじゃないでしょうかね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2011年03月07日 23:25
>いちじんさん

そうですね、地名と苗字の関わりも面白いです。
ハローページを見ると、高崎在住の高崎さんは4人ですね(^_^)

五万石カルタも、とびとびの紹介ですみません。
もうしばらく、使わせて頂きます。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2011年03月07日 23:37
「佐野全図」の北部にある
私たちの町の
小字を確認したいです。
いつか「佐野全図」を
見させてください。
よろしくお願いします。
Posted by いちじん  at 2011年03月08日 17:35
>いちじんさん

はい、了解しました!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2011年03月08日 21:56
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
鎌倉街道探訪記(20)
    コメント(8)