2017年11月19日

史跡看板散歩-69 綿貫町普賢寺の石造物

綿貫町「普賢寺」(ふげんじ)です。


史跡看板は、境内の池のほとりに建っています。



看板に掲載されている5つの石造物、境内のあちこちにバラけてますので、宝探しのような楽しみが味わえます。
発見した証拠に、写真を載せておきましょう。
↑方筐印塔 ↑石幢六地蔵立像
↑巳待塔 ↑虚空蔵菩薩像

一見そうは見えないのに、実は恐いのが「奪衣婆」です。

看板に書かれている「奪衣婆」(だつえば)が剝ぎ取った亡者の衣類は、「懸衣翁」(けんえおう)に渡った後どうなるのでしょう。

「懸衣翁」はそれを「衣領樹」(えりょうじゅ)という木の枝に懸けます。
すると、枝の垂れ下がり具合によって、亡者の生前の罪の軽重が分かっちゃうんだそうです。
さしずめ私のなんぞは、枝が折れちゃうかもしれませんが・・・。

ところで、なんで枝の垂れ下がり具合で、罪の軽重が分かるんだと思います?

僧侶で小説家の玄侑宗久「三途の川の日本的変質」によると、人は死ぬと初七日に「十王」のひとり「秦広王」(しんこうおう)の審判を受け、「三途の川」をどう渡るかが決められるのだそうです。
1. 善人は、金銀七宝でできた橋を渡る。
2. 罪の浅い者は、水量が膝下までという浅水瀬:せんすいせ(山水瀬:さんすいせ)を渡る。
3. 罪の重い悪人は、強深瀬:ごうしんせ(江深淵:こうしんえん)という深い激流を泳いで渡る。

その三つの途があるので、「三途の川」という訳です。
もっとも、「三途の川」はとてつもなく広い川らしくて、川幅40由旬(ゆじゅん)≒16~24km(諸説あり)というのですから、いずれの途も大変なことです。

「奪衣婆」「懸衣翁」は、その「三途の川」を渡った向こう岸にいます。


つまり、どういう渡り方をしてきたかによって、衣類に含まれる水の量が違うので、重さを計れば罪の軽重が分かるという仕組みです。

ま、近頃は、「地獄の沙汰も金次第」だそうですが・・・。

「普賢寺」の裏に、小山があります。


これは古墳で、そのまんま「普賢寺裏古墳」という名前がついてます。


この辺は古墳の多いところで、「綿貫古墳群」と呼ばれ、すぐ近くには国指定史跡の「観音山古墳」や、市指定史跡の「不動山古墳」もあります。

(赤色は現存していない古墳)

南北の曲線状に分布しているのは、井野川の流れと関係しているのかも知れません。

古代人は、ここでどんな暮らしをしていたのでしょう。
見てみたいものです。


【綿貫町普賢寺】






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この記事へのコメント
想像ですが、古代人は、川の近くで
生活を営んでいたと思います。
それは、水が無いと生きていけないので
古代人は、狩猟で食料を得ていたと考えられますので、
Posted by wasada49  at 2017年11月19日 09:15
>wasada49さん

いつの時代も、水の確保は暮らしの第一歩ですよね。
井野川は暴れ川で、昔から氾濫してたようですが、それが肥沃な土壌をもたらして、穀倉地帯でもあったみたいです。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2017年11月19日 18:10
この写真の「奪衣婆」はあまり怖い顔ではありませんが、中にはリアルに怖い表情のものがあり、背筋が寒くなります。三途の川で遭遇しませんように・・・。

たしかに井野川の流れと関係しているような古墳の並び方で興味深いですね。
Posted by 風子風子  at 2017年11月25日 14:35
>風子さん

そうですよね、ここの「奪衣婆」ちょっと可愛らしい。
あの世の獄吏というより、この世の厄除として祀られたのかも知れませんね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2017年11月25日 19:11
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    コメント(4)