
(>「大願成就」をご参照ください。)
今日は、安楽寺に奉納されている「倉賀野八景」額のお話です。
高崎には、「何とか八景」というのがいくつかあって、「高崎八景」をはじめ、「並榎八景」「長松寺八景」そして今回ご紹介する「倉賀野八景」が知られて・・・いるかな?
群馬町と榛名町が高崎と合併したので、「金古八景」「本郷八景」も加わることになります。
上の写真の「倉賀野八景」額は、明治年代のものだそうで、絵や文字もだいぶ薄くなって判読できません。
先人が書き残してくれていますので、ご紹介しましょう。
◇養報寺落雁 雁の来る ことにして待つ 溜井かな
◇九品寺晩鐘 暮れのかね 秋にもあきを かさねけり
◇安楽寺晴嵐 人声も かれぬ並木の あらしかな
◇大杉の月 水音の かよう梢や けふの月
◇太鼓橋涼 橋筋の するりと涼し 夕景色
◇烏川帰帆 羅(うすもの)に 風のつつまる 船路かな
◇飯玉の松 額(ひたい)うつ 松のしづくや 初時雨
◇八幡の雪 月花の 場所も替わらぬ 雪見かな
実は、隣には新しい「倉賀野八景」の額が奉納されています。

文字もハッキリとしてはいるのですが、読めません。
篆書体で書かれた七言律詩になっているのです。
これには、大変困りました。
図書館へ行って、新型インフルエンザに怯えながら篆書字典を引くこと3時間、頑張ってはみましたが、どうにも判読できない文字が6文字残ってしまいました。
作者は奉納当時94歳、刻字された方も87歳という御年です。
ご存命ならば、104歳、97歳ということになりますので、お聞きするには、ちと・・・。
ということで、県立歴史博物館の学芸員さんに教えてもらおうとしましたが、日程の折り合いがつきません。
市の文化財保護課の方にも相談しましたが、「篆書はどうも・・・」ということでした。
斯くなる上は、安楽寺のご住職に聞いてみようと思い立ち、お寺を訪ねてみました。
すると、「燈台もと暗し」「案ずるより産むが易し」「下手な考え休むに似たり」「当たって砕けろ」「虎穴に入らずんば虎児を得ず」・・・。
なんだかわかんなくなっちゃいましたが、住職の奥様の「あー、訳したものがありますよ。」の一言で、簡単に解決してしまいました。
高崎在住の文芸評論家、故・江口恭平氏の書いた「飯嶋仲秋と倉賀野八景」という一文のコピーを、頂戴することができました。
この一文には、飯嶋仲秋氏の人となりや、新「倉賀野八景」作詩の経緯も書いてありましたが、今日は七言律詩のご紹介のみに留めておきましょう。(横書きにしてあります。)
倉賀野八景
雪時嘗賞弁天景 (雪時かつて賞す 弁天の景)
雨夜更遊新湖頭 (雨夜さらに遊ぶ
新湖[しんつつみ]の頭[ほとり])
九品晩鐘響郷倉 (九品の晩鐘 郷倉に響き)孤城落雁群烏洲 (孤城の落雁 烏洲に群がる)
花光爛漫薬師夕 (花光爛漫 薬師の夕べ)
月色玲瓏古墳秋 (月色玲瓏[れいろう] 古墳の秋)
遙望飯玉青嵐後 (遥かに望む飯玉 青嵐の後)
河岸白鷺似帰帆 (河岸の白鷺 帰帆に似たり)
この他にも安楽寺には、ご紹介したいものがたくさんあります。
次回は、それらをまとめてお話しいたしましょう。
【安楽寺】