2022年07月02日

高崎唱歌散歩-2番 続き♪電燈電話に水道や・・・

汽車の線路はたて横に
電燈電話に水道や
文明機関備はりて
(まち)の繁栄日に進む

今日は電燈電話の話です。

高崎市内に初めて電燈の灯りがともったのは、明治三十七年(1904)でした。
田村民男氏著「群馬の水力発電史」にこう書かれています。
高崎市では須藤清七、小林弥七らによって、明治36年6月25に高崎水力電気会社が資本金10万円で設置され、本社を常盤町に置いた。
同年9月12日、烏川上流の室田町上室田地区に上室田発電所の建設に着手し、翌37年8月30日に竣工し、11月に完成した小島変電所の落成を待って高崎市に送電を開始した。
しかし、実際にランプに代わって高崎市の各家庭に電燈がついたのは37年12月1日であった。」

「高崎水力電気」の本社はここにありました。
高崎唱歌散歩-2番 続き♪電燈電話に水道や・・・
今の「中央小学校」がある場所ですね。
そばにある「コ」の字形は高崎城の角馬出し跡、通称「ぼうず山」です。

建物はこんなでした。
高崎唱歌散歩-2番 続き♪電燈電話に水道や・・・
手前の木柵は、たぶん明治十三年(1880)創業の「栗本牧場」だと思います。

明治三十七年(1904)版「高崎繁昌記」に、電力供給の規模が書かれています。
開業当日の既設の分2,500余燈、取得中のものを合すれば4,000燈に上るの盛況を呈し、且つ水源発電地は天然好地形をなし、費用少なくして、水力豊富、燈光熾盛なる為め、1個月終夜燈16燭光75銭、同10燭光55銭のみ、其廉価と好成績とは全国60有余の電燈会社中第一に位し・・・」

また「上室田発電所」については、
水源地は市外十哩(マイル)を距(へだ)て群馬郡上室田山中に在りて、烏川の水流を125尺の高処(字、本荘)より直下の低地に導き茲(ここ)に発電所(字、初越)を構成し、有効動力450馬力、(略)其発電機(3相交流300kwペルトン水車直結式)4台を用うるに足るの規模を有するも、目下は発電機を1台に止め300kw(即ち450馬力、7,500燈)を発生せしむる・・・」
とあります。
高崎唱歌散歩-2番 続き♪電燈電話に水道や・・・

「上室田発電所」は、「室田発電所」として現在も稼働しています。
高崎唱歌散歩-2番 続き♪電燈電話に水道や・・・

開業以降の利用者増加は目覚しいものがあります。
高崎唱歌散歩-2番 続き♪電燈電話に水道や・・・

高崎水力電気の電力は、鉄道の発展にも大きく貢献します。
明治43年(1910)には高崎-渋川間の全面電化(チンチン電車)、大正13年(1924)には高崎-下仁田間の全面電化(上信電鉄)がなされます。

話変わって、電話の話。
高崎前橋に遅れること三年、明治三十九年(1906)ようやく加入数160で電話業務が開始します。
電話局は、連雀町「高崎郵便電信局」に併設されました。
高崎唱歌散歩-2番 続き♪電燈電話に水道や・・・

加入者には「通話せんとするときの心得」というのが配布されたそうです。(新編高崎市史資料編9)
高崎唱歌散歩-2番 続き♪電燈電話に水道や・・・
一、 電話加入者が、任意の加入者に向って通話せんとするときは、先づ電話器に向って、受話器の懸りし儘、発電器の取手を数回々転して、次に電話器に(受話器を?)外して耳に当て、交換手の出づるを待たる可し
二、 交換手出でゝ、モシモシ何番と問ふときは、直ちに呼出さんとする番号、(例えば100番又は200番の如し)を答へ、相手加入者の出でゝ、応答するを待つ可し
三、 暫く待ちて相手加入者出でざるときは、又受話器を懸けて、数回発電器を廻し、受話器を耳に当てゝ暫時待つ可し
四、 此場合に於て交換手出でしときは、未だ出ませんと答へ、若し相手加入者出でしときは、直ちに通話す可し
五、 通話中には、決して発電器を廻す可からず
六、 終話の時は、一旦受話器を懸金物に懸けて、発電器を一、二回々転し、然らざれば、交換手に終話を知らしむること、能わざるなり
(以下省略)
まぁ、えらく面倒くさいですね。
それでも「高崎唱歌」がつくられた明治四十一年(1908)には加入者は225に増え、高崎停車場前にも公衆電話が設置されて、加入者以外の人も掛けることが出来るようになりました。

面白い話があって、「高崎新聞」のアーカイブ「初めて電話が通じた日」に、こんな逸話が載っています。
戦後、電信電話公社が発足し、通信需要も大きく伸びた。しかし、まだ交換手が手動でつないでいた時代で、しかも高崎電話局の設備は旧式で、高崎から東京に電話を申し込んで相手が出るまで5時間かかっており、「鉄道よりも遅い」と不評をかっていた。」
戦後になってもまだこんな具合ですから、明治時代はもっと大変だったんでしょうね。
いや、もしかすると加入者数が少ないからもっと早くつながったのかな?

さて、歌はこの後「水道や」と続くのですが、また次回ですね。





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この記事へのコメント
久しぶりにコメントいたします。
長野堰研究の一員として動いてからもう5年ほど経ってしましました。あのメンバーのリーダー同期のN君の紹介で貴ブログを知って以来の読者です。当市のいろいろなところを紹介していただき、記事を見ながら私が訪ねたところも結構あります。今回の高崎唱歌に歌われた所を訪ね歩く新しいシリーズに期待しています。
Posted by toboketaG  at 2022年07月06日 18:20
>toboketaGさん

いつもご覧いただき、ありがとうございます。
昭和50年代に観光協会が発行した「高崎の散歩道」が、このブログを始めるきっかけでした。
現代の「高崎の散歩道」になれればいいなと思いながら続けているんですが、何せ浅学菲才の身、毎回が勉強の連続です。
これからも宜しくお付き合いください。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2022年07月07日 20:04
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