田町を通りかかる度に、気になっている一角があります。
天保年間(1830~43)創業の老舗、旧・天田屋漆器店の跡地です。
平成18年(2006)に榛東村に移転しましたが、幸いラジオ高崎が、移転前の姿をビデオに残してくれていました。→「店舗訪問 天田安平商店」
移転先の榛東村では、「うるし工房 木地呂」として桐タンスや無垢家具の修理、漆器の修理、陶磁器の金つぎ、うるし塗教室などの活動を行っています。
今、天田屋跡は、道に面した店舗部分が取り壊され、明治期に造られたという、奥の土蔵が見える状態になっています。
あー、また伝統的建物がひとつ失われるのか、と心配されたかと思いますが、今、この土蔵を利用して「すもの食堂」プロジェクトというのが進行中なのです。
なぜ「すもの」かというのは、群馬県人なら、ピンと来るかも知れませんね。
ここは敢えて、クイズということにしておきましょう。
このプロジェクトを推進しているのは、「高崎CIP」(Community talent Incubation Project )のメンバーです。
例の、中山道恋文横丁を仕掛けたのも、このメンバーの方々です。
一般市民には、「高崎CIP」の活動を知る機会があまり設けられてないのですが、*ここ*を見ると少し垣間見ることができるかも知れません。
もっと、一般市民を巻き込む活動になって欲しいなぁと思います。
「高崎CIP」によると、
「すもの食堂」は、上州一円のこだわり野菜を作っているネットワークを利用した、産直・惣菜・軽食を提供する場として、考えているそうです。
行く行くは、中山道から珍竹林画廊裏にあった旧・高崎絹市場まで、一本の道で繫がるように造作する予定だとか。
田町から高崎城下町が再生してきそうな、そんな予感がしてきました。
楽しみです。
天保年間(1830~43)創業の老舗、旧・天田屋漆器店の跡地です。
平成18年(2006)に榛東村に移転しましたが、幸いラジオ高崎が、移転前の姿をビデオに残してくれていました。→「店舗訪問 天田安平商店」
移転先の榛東村では、「うるし工房 木地呂」として桐タンスや無垢家具の修理、漆器の修理、陶磁器の金つぎ、うるし塗教室などの活動を行っています。
今、天田屋跡は、道に面した店舗部分が取り壊され、明治期に造られたという、奥の土蔵が見える状態になっています。
あー、また伝統的建物がひとつ失われるのか、と心配されたかと思いますが、今、この土蔵を利用して「すもの食堂」プロジェクトというのが進行中なのです。
なぜ「すもの」かというのは、群馬県人なら、ピンと来るかも知れませんね。
ここは敢えて、クイズということにしておきましょう。
このプロジェクトを推進しているのは、「高崎CIP」(Community talent Incubation Project )のメンバーです。
例の、中山道恋文横丁を仕掛けたのも、このメンバーの方々です。
一般市民には、「高崎CIP」の活動を知る機会があまり設けられてないのですが、*ここ*を見ると少し垣間見ることができるかも知れません。
もっと、一般市民を巻き込む活動になって欲しいなぁと思います。
「高崎CIP」によると、
「すもの食堂」は、上州一円のこだわり野菜を作っているネットワークを利用した、産直・惣菜・軽食を提供する場として、考えているそうです。
行く行くは、中山道から珍竹林画廊裏にあった旧・高崎絹市場まで、一本の道で繫がるように造作する予定だとか。
田町から高崎城下町が再生してきそうな、そんな予感がしてきました。
楽しみです。