2010年05月02日

松井田宿 お休み処「みなとや」

少し前の話になりますが、朝日新聞「声」に、こんな投稿がありました。


この投稿を見て、二つのことに驚きを覚えました。

ひとつは、68歳の方が、東京・日本橋から京都まで、中山道を歩く旅を続けておられるということです。
いつでしたか、倉賀野神社で同じように中山道を歩いている若者に出逢ったこともあります。
ことほど左様に、旧街道というのは人を魅了するものがあるのでしょう。

もうひとつは、歴史的な建物を「無料休憩所」にするというアイデアです。
築300年の建物ということですが、それを壊すことなく残し、中山道松井田宿の遺産として活用したのです。
そういう、町の歴史を愛する気持ちが、自然と「おもてなしの心」として出てくるのだと思いました。
これは、ぜひとも行ってみたいという気持ちになります。

で、行ってきました。

実は、うっかり通り過ぎながら、「あっ、ここだ!」と気が付いてUターンして戻ってきました。

地味ではありますが、よく見るとなかなか味のある建物です。

「みなとや」と染め抜いた暖簾が掛かる引き戸を開けると、広い土間があり、黒光りのする床や天井が、歴史を感じさせます。

上がり端(はな)には、お洒落な照明に照らされた「おひなさま」が飾られていました。

「中山道松井田宿手ぬぐい」を縫い合わせた、素敵な暖簾が下がっています。

その暖簾の先は、地元の方の手作り作品でしょうか、お人形や手まりなどが並ぶ売店になっています。



1階のお休み処には、ポットや茶碗が用意され、セルフで自由に頂けます。




お腹の空いている方は、日替わり定食(500円)も用意されています。

←このパンフレットも、いいでしょー。
温かみを感じますよね。
このパンフレット、松井田商工会の「空き店舗対策事業委員会」で作成しています。

パンフレットによると、ここ「みなとや」中山道東山道であった頃から宿屋を営んでいたそうです。
ところが、明治四年(1871)の大火で焼失してしまったのだとか。

現在の建物は、当時の夫人の実家「原市の仁井家」から火事見舞いとして、築150年を越えた農家の建物を贈られ、移築したものだそうです。
ということで、300年も前の建物ということなのです。

《ここでクイズです。》

←天井に付いている、この箱はいったい何でしょう?

もうひとつ、いきましょうか。
階段下の
この小部屋は何でしょう?→


答えは、「みなとや」さんへ行って、直接お聞きくださいませ(^^)

「みなとや」さんへ行ったら、ぜひその脇道へ入って見て下さい。
素晴らしい蔵造りの家に、びっくりするはずです。
こちらが、「みなとや」さんの母屋なんですね。


松井田町では、今、商業活性化支援事業として「中山道松井田宿」を整備しています。

街道沿いにはまだまだ、趣きのある建物が残されています。
案内看板もお洒落です。


ネットで「中山道」と検索すると、沢山の方が実際に中山道を歩いていることが分かります。
その方達は、往時を偲ぶ風情が残っていることに魅力を感じているようです。
「高崎宿に入った途端に、何も残ってないね。」と、がっかりさせたくないのですが、さて、どうしたもんでしょう?

【松井田宿お休み処「みなとや」】





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この記事へのコメント
クイズの答え
1 二階の炬燵の底と思います。
2 ちょっと分かりません。
  苦し紛れに、電話ボックス。

松井田町の思い出
高校時代の夏休み、自転車で高崎から裏妙義湖まで行ったことがありました。一人でした。
簡単に行けると思ったらとんでもない、坂道がきつくて大変でした。
もう、そんな勇気はありません。
Posted by いちじん  at 2010年05月02日 08:51
>いちじんさん

ピンポーン!
さすがです!
1は、二階の部屋を暖めると同時に、一階の部屋の輻射暖房としても機能するんだそうです。
先人の知恵には、びっくりですね。

自転車で妙義湖までは、きついでしょうね!
でも、私の父は長野の須坂まで自転車で行ったそうです。
それも、軽快車じゃなく、あの米屋の自転車みたいなやつでですよ。
信じらんなーい!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年05月02日 09:20
>高崎宿に入った途端に、何も残ってないね。」と、がっかりさせたくないのですが、さて、どうしたもんでしょう?

そこなんです!
先日、上田を例にした話はそれだったんです。
まだ残っている蔵を初めとする建物を一つの通りに移築して高崎宿を再現したいんです。
先月、名曲堂の平野さんが案内してくれて、蔵などの古い建物を見て歩いたんですが、平野さんが「先月見たときにはあったのに…」というところが何カ所もあり、急速に、古い建物がなくなっているようなのです。
「お城より先に」とお話したのは、今やらないと建物が無くなってしまうからなのです。
Posted by 紫文  at 2010年05月02日 09:53
クイズ、私も正解でした!(信用して下さいね^^)
しかし、コタツが一階の部屋の暖房としても・・・というのは知りませんでした。なるほどねぇー。

松井田宿もゆっくり歩いたことはないのですが、「みなとや」さんの母屋、すごいですね!表通りからはわからないです。

偶然、TVで栃木の「蔵の街」の映像を見たのですが、黒塗りのどっしりとした蔵や白壁の土蔵群が残っていて、羨ましいかぎりでした。う~ん・・・・。
Posted by 風子  at 2010年05月02日 16:31
>紫文師匠

そう、そこですよね!
ただ師匠、もう大通りの中山道は手遅れだと思います。
それよりひとつ東の旧中山道には、その芽があると思うんです。

どうしたら、その動きを作れるかですね。
このところの、ご縁つながりがその一歩になればと思っているところです。
師匠!お力を貸して下さいね!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年05月02日 21:27
>風子さん

あ、分かっちゃいましたかー。
賞を付けておかなくてよかった^_^;

栃木もよくTVで取り上げられてますよね。
高崎はTVに出るのは駅だけで、町なかはいつもスルーされちゃいます。

行政、商工会、観光協会、商店街、そして市民がバラバラに動いていても駄目なようです。
ひとつの動きにしたいなぁ、と思っているのですが。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年05月02日 21:56
>このところの、ご縁つながりがその一歩になればと思っているところです。

ホントそうですよね。
この朝日新聞の投書、和田さんてかたからですよね。
和田じゃ、高崎ですから。
しかもすんでるのは、紫文と同じ杉並です。
もしかして知ってる人じゃないかと…

>ひとつの動きにしたいなぁ、と思っているのですが。

そうですね、なんとかしたいですね。
上田では、こういう建物が、そば屋だったり、喫茶つきのパン屋さん(知り合いの店です)だったり、マッサージ屋さんだったり、建物を生かしています。並んでる公民館も木造で町並みにとけこんでいました。
町並みに建物に趣があるので逆にお客がくているのです!
建物の保存だけじゃなく町を復活させる、そういう風にできればいいのですが…
Posted by 紫文  at 2010年05月03日 01:07
>紫文師匠

師匠、やっぱり目の付け所が違いますね。
そうだ、和田さんだ!
ご縁があったんですね。

高崎では「おかみさん会」というのがあるんです。
先日、名刺交換だけはさせてもらってるんですけど、期待したい会なんですよね。
折を見て、お話したいと思っているところです。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年05月03日 07:22
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