2010年03月19日

三国街道 帰り道(14)

大乗寺山門左の土堤上に、忠霊塔が建っていますが、なぜか参道に対して裏向きになっています。

以前「裏返え碑」という記事を書いたことがありますが、それと同じような理由があったのかなと思いました。

ところが、上毛文庫出版の「ぐんまのお寺」を見ると、「戦後、南向きの山門参道が東側に移され・・・」と書いてありました。
ということで、戦前は参道が「堤ヶ岡幼稚園」側にあったんですね。

前回の記事で、大乗寺を仮校舎として「発育学校」が創設されたと書きましたが、明治二十二年(1889)の堤ヶ岡村発足時には、村役場大乗寺境内に置かれ、戦後、その跡に設置されたのが「堤ヶ岡幼稚園」です。
ところで、大乗寺の本堂は戦前まで茅葺屋根だったそうです。
そのまま維持できていたら、素敵でしたね。

昭和三十年(1955)に建てられた「忠霊塔」の裏には、「内閣総理大臣 鳩山一郎」と刻まれたプレートが埋め込まれています。
今をときめく、鳩山由紀夫総理大臣の祖父です。

塔の下には、日清戦争から大東亜戦争まで、戦死した堤ヶ岡村出身兵士179名の名前が刻まれています。
その内訳をみると、大東亜戦争が如何に大きな戦争であったかが分かります。
・日清戦争1名
・日露戦争6名
・西伯利亜(シベリア)事変2名
・上海事変2名
・大東亜戦争168名

その隣には、明治四十年(1907)建立の、「日露戦役紀年碑」が建っています。

こちらの碑は、大国露西亜(ロシア)に勝利して二年後ですから、建立者も「堤ヶ岡尚武會」、題字は乃木希典の書と、威勢の良さが感じられます。

碑の裏には、戦死者6名の他に、従軍者67名の名前も刻まれています。
その従軍者の中に、「三国街道 帰り道(4)」に登場する、「兵隊友さん」こと植木友作さんの名前もありました。

大乗寺の墓地の奥まったところに、変わった墓石が建っています。
の上に乗った墓石です。

「堤ヶ岡村誌」の口頭伝承の項には、裏の池にいた亀を石だと思って乗った人が、転んで打ち所が悪かったのでしょうか亡くなってしまい、その人が葬られた墓だと書かれています。

また、昔、棟高村「かめ」という名の娘がいて、生まれつきの不器量のために縁遠く、ついに独身のまま寂しく世を去ってしまい、家人がこの娘の霊を慰めるために建てたのだ、という話も載っています。

事の真偽は分かりませんが、まるで違う話が伝わっているということは、古くから無縁仏だったのかも知れません。

さて、堤ヶ岡の寄り道はここまで。
また帰り道を進むことに致しましょう。

【大乗寺】





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Posted by 迷道院高崎 at 07:16
Comments(4)三国街道
この記事へのコメント
亀の上に乗った墓石由来

1.「亀の上に乗った墓石」ということは、もしかして「浦島太郎」の墓!?

2.名もしらぬ旅人が堤ヶ岡村辺で亡くなった。墓を建てるのも一つの縁故、無縁仏とするのもかわいそう、と思った村人が、縁起の良い亀に乗せて「仮名(かめー)」と…。

すみません(^_^;)
Posted by 柳家紫文  at 2010年03月20日 02:26
>紫文師匠

ポンッ!(膝を叩いた音です)

なーるほど、浦島太郎の墓に違いありません!
昔の知り合いを尋ね歩いて、ここまで来ちゃったんでしょうね。

師匠、さすが!!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年03月20日 07:24
両国の江戸東京博物館で亀の上に載った徳川家康像を見たことがあります。こちらの亀は川の神様で、昔の亀趺を再現した像のようです。


話は変わりますが、3月18日付の上毛新聞「視点」欄に、旧三国街道の歴史的遺産を地域振興に活用する「旧三国街道フットパス網計画」が進められているとの記事が出ていました。
Posted by ふれあい街歩き  at 2010年03月20日 10:49
>ふれあい街歩きさん

「亀趺(きふ)」というものなんですね。
ということは、生前、高貴な方だったんでしょうか。

ところで、「旧三国街道フットパス網計画」の記事、私も興味を以って読みました。
明日、号外記事にする予定です。

高崎でも、このような取り組みができないかなぁと思っています。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年03月20日 21:21
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