2010年03月14日

三国街道 帰り道(12)

棟高「胸形神社」を後に、「大乗寺」を目指しました。

角を曲がると、庚申塔の並ぶ一角がありました。

その中の一つが、何やら赤と白の布を腰巻風に巻いていて、目を引きます。


そばに寄ってみると、どうやらのようです。

「旧三国街道 さ迷い道中記(2)」にも書きましたが、お猿さん庚申様のお使いなので、それなんだろうな、と思いました。

でも、気になるのは赤い腰巻です。

めくってみたい衝動に駆られましたが、曰く因縁があったりすると恐いので、誰かに聞いて見ようと思い、近くの「堤ヶ岡公民館」へ行ってみました。

事務所の方は、「えー?そんなのがあるんですか?」という反応でしたが、偶々いた大正琴サークルの方から、有力な情報を頂きました。
「昔からあの庚申様をお祭りしている家がある。」というのです。

早速そのお宅を訪ねると、ご主人らしき方がちょうどお庭の手入中でした。
耳がご不自由なようでしたので、筆談での取材となりました。
志村繁夫さん、大正十三年(1924)生まれの86歳の方でした。
志村さんのお家は、代々この地の名主という家柄で、今でも春と秋に、あの庚申様のお祭りをしているのだそうです。

「あの猿の像を、何と呼んでますか?」とお聞きすると、
「山王様とか、山王の猿とか言ってらいね。」とのことです。

「赤い布は何か意味がありますか?」とお聞きすると、
「あー、あれは女の猿なんだよ。
娘が初めて女になった時(初潮)に、お赤飯を供えて、猿のあそこ(陰部)に紅を塗るんだいね。
あとは、子どもが腹に入った時とか、無事生まれた時とか。
お礼に、布を巻くんさ。」

というお話でした。

志村さんは、「ちょっと、行ってんベー。」と言うと、どんどん歩きだしました。
お猿さんの所へ来ると、
「これだんべ?」と言いながら、やおら腰巻のひもを解き始めました。
「いんですか?」と言うと、
「俺がやる分にゃ、いんだい。」ということで、お猿さんはすっかり裸にされてしまいました。

なかなか、大胆なポーズです。
片方の手は豊満な乳房を支え、いわゆるあそこは、リアルに穴まで開いています。

これは、腰巻を巻いておかないといけないかも知れません。
すぐ上には「堤ヶ岡保育園」、近くには「堤ヶ岡幼稚園」「堤ヶ岡小学校」もありますし。

写真を撮らせて頂いてから、急いで腰巻を巻き直しました。

ところで、「山王様」の総本宮は、平安時代からある滋賀県大津「日吉(ひえ)大社」です。
で、「猿」がそのお使いだということではあるのですが、堤ヶ岡のような風習はなさそうです。
「神猿(まさる)」(日吉大社ホームページ)

そう思いながらネットで探していると、ヒントになるサイトを発見しました。
神使研究家・福田博通氏の「山王=大山咋神(オオヤマクイノカミ)の猿」という記事です。

ここには、「加茂玉依姫(カモタマヨリヒメ)は、川上から丹塗りの鏑矢が流れてきたので、持ち帰って寝床に差しておいたら妊娠した」と書かれています。

堤ヶ岡「山王の猿」の陰部に穴があいていること、そこに紅(朱)を塗るということは、どうもこの逸話から出ているのではないかと思われます。

改めて、昔の人の知識と信仰心の深さを思わせる「山王の猿」でした。

最後に、同じような風習のある、船橋八坂神社もご覧ください。
「八坂神社の猿軍団」(東京刺激クラブさんのブログ)

【山王の猿】





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Posted by 迷道院高崎 at 07:17
Comments(6)三国街道
この記事へのコメント
隠士!
恐れ入りました~!

腹巻と見るか、腰巻と見るかで、その後の展開がかくも異なってくるとは~~。

なにより近くの方に即ヒアリングする積極性がすごい。

腰巻に隠された古い日本の宗教民俗の奥深さに脱帽。刮目して見なければいけないですね。

┐(´∑`;)┌

   夢寅 拝
Posted by 夢寅  at 2010年03月14日 09:38
>夢寅さん

記事が夢寅さんとカブってしまって、すみませんでしたm(__)m

やっぱり気になるものは、同じなんですね。

腰巻と見たのは、単純に私の品格の無さかもです^_^;
ま、今回は怪我の功名ということで・・・。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年03月14日 20:13
迷道院様の素晴らしい着眼力と取材力に感服いたしました。普段なら見過ごしてしまうような裏通りの庚申様にお気づきになるとは。私も私にとって「宝の山」であるあの近くのBOOKBOOKという古本屋に行く時通っておりましたが気が付きませんでした。
所で、この庚申について次の様な思い出があります。
私が小学生の頃、私の家の農作業を村の年配の源さん〔仮名、当時推定65歳位)という人が手伝いに働いてくれていました。ある日、父と母と私と源さんが畑に出ていました。その時のお茶の時間の会話。
源さん「そういえば、堤ヶ岡だか国府だかに女の猿の庚申様のお×××(ズバリ放送禁止用語)に紅を塗るとこあるんだいのう」
父「そうかい、そらー変わってらいのう」
源さん「ほーさー、おもしれーのー」
父「だけど源さん、子供が聞いてるからその話はうんまかねーだんべー」
源さん「そーだいのー。あははは。」
小学生だった私はズバリ放送禁止用語を明るく話す源さんに衝撃を受けたのを思い出します。
これの事だったんですね。
すみません迷道様、品の無い話で。
Posted by 柏木沢の農家おじさん  at 2010年03月15日 18:25
>柏木沢の農家おじさん様

いつもながらのリアリティ溢れるお話し!
私のブログの生き証人となって頂き、ありがとうございます!
ネイティブな上州弁も、活き活きしてますね(^^)

昔の人の信仰は一見品が無いように見えても、女性の、女性としての能力を、畏敬の念を以って捉えていたのでしょうね。

貴重なお話し、ありがとうございました!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年03月15日 19:06
女性にはかないません・・・・・
Posted by 昭和24歳昭和24歳  at 2010年03月16日 20:21
>昭和24歳さん

え?貴君もですか?

はい、敵いませんね・・・。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年03月16日 22:37
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