2010年02月10日

三国街道 帰り道(2)

棟高「観音寺」境内には、沢山の石碑が建っています。

その内の一つに、お?っと目を惹かれるものがありました。

右から読みますが、篆書で「豆腐来由碑」とあります。

どうやら、豆腐の由来が書かれているようなのですが、漢文で書かれているのでよく分かりません。
そもそも、なんでここに豆腐の由来を書いた碑が建っているのかも不思議です。

調べている内に、群馬県立女子大学の濱口富士雄教授が書いた、「群馬の漢文碑」という本に行き当たりました。
その中に、「豆腐来由碑」の読み下し文が載っていました。

無貴賎富貧別(貴賎富貧の別無く)
等上食膳(等しく食膳に上り)
特佛家齊食不可缺者(特に仏家の斉食に欠く可からざるものは)
爲豆腐(豆腐為[な]り)

なるほど、そうに読むんですね。
豆腐の由来については、次のくだりです。

温其始(其の始めを温[たず]ぬるに)
漢淮南王劉安好老莊(漢の淮南[わいなん]王劉安老荘を好み)
喜神仙遂創製此物(神仙を喜び、遂にこのものを創製す)
廣行於天下(広く天下に行われ)
後入朝鮮而(後に朝鮮に入れども)
我國未之有也(我が国は未だこれ有らざるなり)
文祿役(文禄の役に)
兵站司令(兵站[へいたん]司令の)
岡部治部右衞門者(岡部治部右衛門という者)
傳其法(其の法を伝え)
初製之於(初めてこれを)
泉之界津駿之岡部(泉の界津・駿の岡部に製し)
後溥及全國云(後、全国に普及すと云う)

なるほど、中国で発明(?)された豆腐は、文禄の役(1592:豊臣秀吉の朝鮮出兵)の頃、泉州(大阪)の界津(堺市?)や、駿府(静岡)の岡部(岡部町)に伝えられて、日本国内に広まったんですね。

ところでこの碑は、いつ、誰が、何のために建てたのでしょう。

建立時期は昭和二年(1927)。
棟高で豆腐製造業をしていた飯島靱負氏が、中之条出身の漢学者・田村東谷氏に撰文を依頼したものだそうです。

建立の理由について、碑文にはこのように書かれています。
「(豆腐は)原料既に滋養に富みて、滓渣(しんさ)を去れば、則ちその効果大にして需要もまた多し。
故にこれを業とする者往々にして巨万の富を積む者あり。
(略)
吾この物に依りて衣食し、児女を生育す。
しかるにその来由を知らざるは可ならんか、と。
乃(すなわ)ちこれを識者に質(ただ)し、その本末を悉詳せんとす。
今、吾と同業の者四海に何ぞ限らんや、能くこれを明知する者、果たして幾人かあるや。
吾これを貞石に刻みて、以って始に報ずる意を表さん。」

自分の今あるのは、最初に豆腐を創り、伝えてくれた人のおかげだから、その由来を調べて人々に伝えることで、その恩に報いたい、という理由だったんですね。

飯島靱負氏は、足門村家の出身ですが、飯島姓の廃家を継いで困苦欠乏に耐え、刻苦勉励して生活を安定させるまでになったと言います。
それもこれも、豆腐製造という職業のおかげと、商売の暇をみては豆腐のルーツを尋ね、これを後世に残そうと発意したのです。

「全国有名碑集」というのがあるそうですが、そこにも名を連ねる程の珍しい碑だということです。
大切に残していきたいものです。

(参考図書:「観音寺誌」「群馬の漢文碑」)


【豆腐来由碑】





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Posted by 迷道院高崎 at 07:18
Comments(4)三国街道
この記事へのコメント
豆腐の由来を後世に残したいという発想、おもしろいですね。
豆腐が食材として優れていることが、確かに現代にも受け継がれていて
先人の知恵や眼力には恐れ入ってしまいます。

町歩きで石碑によく出会うのですが、ほとんど
意味が読み取れなくて、情けない・・・です。
Posted by 風子風子  at 2010年02月10日 08:16
観音寺と聴くと満開の桜と叔父の死を思い出します。それと妙見茶屋、妙見様しらべると、面白いですよ。将門、秩父神社、冷水、小祝様、上野十二社、等々。そうそう豆腐でした、今日は湯豆腐と熱燗にします。
Posted by 捨蚕  at 2010年02月10日 09:08
>風子さん

この碑を見つけた時、すごく興味を惹かれました。
大抵の石碑は、個人を讃える内容(らしい)ですが、豆腐の由来碑とは!

その後さらに調べてみると、もっと面白い話がありました。
次回もどうぞお楽しみに。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年02月10日 09:09
>捨蚕さん

おー、そうですね。
旧群馬町、いろいろあるようですね。
なかなか高崎市街へ戻れません。

湯豆腐と熱燗ですかー。
じゃ、私は芋の煮っ転がしと芋焼酎のお湯割で・・・。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年02月10日 18:16
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