2010年01月12日

号外!「紫文の疑問(敬称略)」

グンブロランキング40位から50位を常にさ迷っている「隠居の思ひつ記」ですが、先日、柳家紫文師匠の記事をUPした途端、いきなり18位に躍り出てしまいました!
改めて、紫文効果の大きさにびっくりしました。

しかしその後、効果も薄れ、降下しつつあるランキング順位です。

そんなブログでも、紫文師匠は見て下さっているようで、こんなメッセージを頂きました。
師匠の許可を得ましたので、ちょっと引用させて頂きます。

「実は昨日ふと子供の頃の事を突然思い出しました。
紫文はご存じのとおり岩鼻の出身なのですが、烏川の鉄橋近くに岩鼻の人達が、たしか『水源』と呼んでいたところがあたのですが、ご存じでしょうか?
そのことを40年ぶりに、なぜか昨日ふと思い出したのです。
(略)
『水源』は残って、保存されているのでしょうか?
もし知っていたら教えていただけると幸いです。」


いや、知りませんでした。
しかし、これは面白い情報だと思い、調査を始めました!
もしかすると、再び紫文効果を味わえるかも知れませんし・・・。

みつかりました!
岩鼻地区高崎市制度100周年町づくり事業委員会制作の「 岩鼻地域の歴史的遺産を写真でつづる」という冊子に、写真が載っていました。

説明文には、こう書かれています。
「火薬製造所で黒色火薬の原料の粉砕と撹拌等の動力源として、JRの鉄橋の上流に烏川の水の取り入れ口を作った。この水源から火薬製造所まで約1kmの隧道を掘り、溜堀に水を入れた。」

右の図は、「岩鼻火薬製造所配置図」の一部です。
(新編高崎市史資料編付図)

クリックで拡大して頂くと、「取入口」と書かれているところが、お分かりでしょうか。
ここが、写真の縦格子の部分で、「水源」と呼ばれていた所だと思います。

さて、現在ここはどうなっているのでしょうか?

そこへ行ってみたくてウロウロしたのですが、崖の上は工場や住宅になっていて、川まで辿りつくことができません。
どうにか探したところは、JRの線路端でした。

たぶん、入ってはいけない所なのでしょうが、枯れ草をかき分けながら崖の上まで辿りつきました。
が、崖下を覗いてもそれらしいものは見当たりません。

それ以上覗き込んで、うっかり前のめりに崩れ落ちでもしたら・・・。
「もし迷道院さん、怪我はなくて?」
「へ~、もうちょっとで・・・〽冥途 IN~」

なんて、洒落にもなりません。

なんじゃこれ?という方はこちらから、
紫文師匠の動画をご覧ください。

あきらめて道まで戻ると、下半身はセンダン草の種でメキシコサボテンのようになってました。

どうも倉賀野側からは無理そうなので、対岸へ行ってみることにしました。
行ってみて困ったのは、鉄橋が2ヶ所あるんです。
どちらの上流にも崖にそれらしい穴があいていますが、どうも排水溝のようで、川に流れ込んでいます。


しかたなく岩鼻に戻って、元岩鼻監獄近くの八百屋さんを訪ね、奥様に、撮ってきた写真を見て頂きました。
さいわい奥様は「水源」のことを知っていて、右の写真↑の方が「水源」があったとこだと教えてくれました。

昔の写真は、おそらく鉄橋の上から撮ったものだと思いますが、なるべく同じようなアングルで撮ってみました。
どうでしょう、何となく、雰囲気が残っている感じがしませんか?

「水源」からの水は、隧道で岩鼻代官所跡の地下を通って、火薬所に供給されたようです。

この当時は、代官所跡の形もそのまま残っていたんですね。

紫文師匠は、代官所跡ののことも言っておられましたが、その写真も冊子に載っていました。↓


現在は、北側にかすかに堀跡と認められる窪地が残っているだけです。

八百屋の奥様も言ってましたが、昔は魚を撮ったり虫を捕まえたり、子どもたちのいい遊び場だったそうです。
「勿体なかったですねぇ。」と言うと、
「ほっんとに・・・」と仰っていたのが印象的でした。

【水源跡】





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この記事へのコメント
しかし、迷道院高崎山の取材力はスゴイですね。人間が好きなんですね(笑)。

「もし迷道院さん、怪我はなくて?」
q32ph
「へ~、もうちょっとで・・・ええ、“気”あるんですけどね、倅の方が~」
Posted by 昭和24歳昭和24歳  at 2010年01月12日 10:12
「水源」調べていただいて、ありがとうございますm(_ _)m

よくそんな資料見つけましたねえ、すごいです!

「水源」は親たちが絶対行ってはいけないという場所でした。
だれも立ち入らないところで、写真のコンクリートの建物は写真では明るいのですが、あの中は暗くて。ずっと奥に何かがあるような気がして怖かったですよ。

水源に行くまが大変で、道はありませんでした。背丈に近いくらい草が生えていて、桑の木の棒でそれを払いながら行きました。
帰ってきて何も言わないのに、草だらけだったので親にばれました。
背中中、、虫にくわれていて、その晩、熱が出たことがありました。

それでも秘密基地だとか、探検と言って、懲りずに行きましたねえ。
Posted by 柳家紫文  at 2010年01月12日 12:25
>昭和24歳さん

自分勝手な好奇心を、満足させてるだけで・・・。

人間がですか・・・。
う~ん・・・。

最近は、その“気”も・・・^_^;
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年01月12日 22:21
紫文師匠

こんなもんで良かったでしょうか?

日本化薬まで行って訊問すれば、事の真相がもっと明らかになるんでしょうが、後は長谷川平蔵殿にお任せしたいと思います。

それにしても師匠、腕白してたんですねぇ(^^)
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年01月12日 22:29
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