2009年12月30日

旧三国街道 さ迷い道中記(5)

福島町「金剛寺」を後にして、北へ100mも行かない所に、「幸福神社」という石柱の建っている所があります。
石柱の側面には、「心のオアシス 幸福センター」と刻まれています。

社殿も建ってはいるのですが、どうも普通の神社とは思えません。

どう見ても、一般のお宅の庭に建っているようにしか見えないのです。
しかも、西側に隣接して、古くからの神社があるのです。(浅間神社)

実は、この「幸福神社」が気になって、以前から三回ほど前を行ったり来たりしていたのですが、特殊な宗教団体ではと、入るのを躊躇していました。
失礼とは思いながら、たまたま通りかかったご近所の方に様子を伺ってみると、どうやらその手のものではなさそうでしたので、思い切ってお訪ねしてみることにしました。

玄関のチャイムを押すと、品の良い奥様が出てきて下さいました。
「あのー、こちらの神社はどんな神社なんでしょうか?」とお聞きすると、
「亡くなったお父さんが、屋敷神として建てたんですよ。
 大工さんに神社という形で建ててもらったんですけど、
 今は何もしてないんですよ。」
というお答えでした。

「ご祭神とか、御由緒というようなものはあるんですか?」
「いえ、そういうのもないんです。」
「そうですか。少し拝見させて頂いてよろしいですか?」
「ええ、いいですよ。」
「写真も撮らせて下さい。」
「はい、どうぞ。」
ということで拝見させて頂くと、これがなかなか大変な代物でした。

まずは、「幸福神社」の社殿ですが、額を見ると福田赳夫元総理大臣の書のようです。



その隣には、「桓武天皇歴代祖先慰霊碑」です。

さらに隣には、「慰霊碑建立由来」という石碑もあり、この家のご先祖様が桓武天皇だということが記されています。


そのまた隣に建っているのが、この銅像です。

「上州凡人 田嶋喜三郎之像」とあります。

側面に、この方の略歴が刻まれていますが、とても凡人とは言えない方でした。
まあ、この略歴をご覧ください。

これによると、「会社経営の傍ら、万民の幸福を願って幸福神社を建立した」とあります。

喜三郎氏が、私財を投じて設立した私設図書館、「幸福文庫」の建物です。→

田嶋喜三郎氏という人をもっと知りたくなり、碑文にある著書の「幸福叢典」を見つけに、群馬図書館へ行ってみました。

書庫から探し出して頂いた「幸福叢典」は、厚さ4cmほどもある本でした。
そしてもう一冊、上州凡人氏著の「ボーフラ人生旅日記」という本も発見しました。

「幸福叢典」という本は、改訂前の書名を「心のメモ 幸福を求めて」といい、田嶋喜三郎氏が16歳から始めて57歳までの40年間、心に留まった言葉や、自身の信条等をメモしておいたものを、まとめたものだそうです。

この中に、「幸福神社」の建立由来も書かれていました。
長い文章なので要約してみます。

「人間は、自分勝手で我が儘なものであるために、苦しんだり、不幸になったりする。
幸福になるために、やるべきこと、やってはいけないことは自分自身で分かっている。
しかし、それができないのが人間らしい所で、自分に誓ってもその約束を破ってしまいがちである。
ところが、神様には嘘がつけないので、約束を実行できるようになる。
世界中のすべての宗教に共通するのは、宇宙の真理である。
この真理の法則に従う人が、幸福になれる人である。
よって、真理の法則を「真理大神」とよび、神社を「幸福神社」と命名する。」



お庭には、「幸福の碑」というのも建っていました。



850頁に及ぶ「幸福叢典」には、お伝えしたい話が沢山載っています。
いくつか、拾い読みしてみましょう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「真の幸福とは」(抜粋)
世の中の人の中に、現在の境遇に満足し、感謝し、幸福に毎日を暮らしている人が、果たして何人あるであろうか?
その殆どは、各自の境遇に対して、これさえなければ、あれさえなければと不平不満を持ち、また、こうもしたい、ああもしたいと、足りない足りないで不運を嘆き、不幸をかこつ人が多いことと思うのであるが、そんな人に申しあげましょう。
「汝もし、現在持てるものに不満足なら、全世界を得るとも不満足であろう」と。
世界中の人が、どんな人でも、各自現在の境遇に満足し、各自今日あるの有り難さに感謝する時、いかなる人でも、そのままで、今すぐ、たちどころに幸せになることができるでありましょう。

「難があるということ」(抜粋)
「ありがたい」という言葉の意味は、有ることが難い、つまり普通ならあり得ないことがあるので「有り難い」という感謝の意味になるというのが普通の解釈である。
ところが、別の解釈によると、「有り難い」は「難が有る」と書くので、「難儀苦労があることは有り難いことだ、感謝しなければならないことだ」というのである。
苦難が有って、それを乗り越えて行って初めて、人間が磨かれる。

「借りもの」(抜粋)
「裸にて 生まれて来たに 何不足」というのがある。
いったい我々には、本当の意味の「自分のもの」というものがあるだろうか。
それこそ、自分のものだと信じている、この自分の身体が自分のものではない。
自分のものでないからこそ、したくない病気もする、死にたくないのに死んで行くのだ。
みんな、借りものであり、預かりものだ。
借りものだから大切にしよう。借りものだから欲張ったらいけない。借りものだから貸主に安心してお任せしよう。
貸主は、神である。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

田嶋喜三郎氏は、平成十六年(2004)92歳で「真理大神」のもとに召されました。
墓は東京だそうですが、分骨されて飯塚町「長泉寺」の相川家の墓に入っています。
刻まれている戒名は、「好學院凡人文林居士」

今ごろ、宇宙から世界中の人々の幸福を願っていることでしょう。

【幸福神社】
※現在、一般公開はしていませんので、ご注意願います。





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Posted by 迷道院高崎 at 07:43
Comments(4)三国街道
この記事へのコメント
ありがたいお話の数々・・・・・

ありがたいお話は口伝したいモノですね。

ほとんどの人がこのことに気づかぬまま逝くのではないでしょうか。
凡々人の極みの小生、田嶋喜三郎翁の爪の垢でも煎じていただきたいものです。

ありがたいお話、ありがとうございました。

因みに柳家紫文さんからのご案内で・・・・・・
「明日から31日までに上毛新聞の「オピニオン21」に紫文のコラム(今回は都々逸紹介です)が掲載されますので、是非みてください。」

とありました。ぜひご覧になってください。
Posted by 昭和24歳昭和24歳  at 2009年12月30日 09:21
>昭和24歳さん

田嶋喜三郎さん、この日まで全く存じ上げませんでしたが、直接お話を伺いたかったなと思います。
喜三郎さん自身も、後世の人に伝えたかったんだと思いますので、そういう意味では良い出あいができたと思います。

紫文さんの件、実は私のような者にまで直接ご案内頂きました。
昨日から楽しみに紙面を見ているのですが、いよいよ明日でしょうかね。
また、号外を発行しなくては!

おかげさまで良い出あいが続きます。
ありがとうございました!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2009年12月30日 19:33
>おかげさまで良い出あいが続きます。

仰るとおりですね。
そういえば去年の今頃というか・・・・・
会場探しで奔走でしたね。

柳家紫文さんの号外、楽しみにしています!!
Posted by 昭和24歳昭和24歳  at 2009年12月30日 20:35
>昭和24歳さん

コメントのご返事が遅くなりました。
すみませんm(__)m

紫文さんのオピニオン21、まだ掲載されてないみたいですねー(・・?
まさか、見逃したはずは・・・。

もうちょっと待ってみますね(^^)
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年01月01日 08:34
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