2009年12月23日

旧三国街道 さ迷い道中記(2)

あちこちと寄り道をしながら、やっと下小鳥町「三国街道みちしるべ」を右に入って、旧三国街道を進みます。

さほど街道の面影も感じられない細道を進んでいくと、頭上に上越新幹線と長野新幹線の高架が蔽い被さるように迫ってきます。

その手前に、いくつかの石造物が並んだ三角地帯があり、旧三国街道沿いだということを、かすかに感じさせてくれます。

小さなものは「馬頭観音」と刻まれています。
一番背の高い石塔は風化が著しく、文字はほとんど判読できませんが、下部にらしき彫り物があるので、おそらく「庚申塔」ではないかと思います。

ハッキリしませんが、どうも「見ザル」「言わザル」二猿のように見えます。

「庚申」については、「三尸の虫(さんしのむし)」の記事をご覧いただくとして、「庚申塔」には「見ザル、聞かザル、言わザル」三猿が描かれているものが少なくありません。

これは「申(さる)」「猿」に通じ、庚申様のお使いとされたためだそうですが、私にはどうも「見ないでね。聞かないでね。言わないでね。」と、「三尸の虫」にお願いしているように思われます。

そういえば、「庚申待ち」の夜に男女の交わりをして出来た子は、大泥棒になるという言い伝えもあります。
ご存知、石川五右衛門が、どうやらそれらしいのです。
「庚申待ち」の夜は、村中の男女が集まって寝ずにいる訳ですから、そうでも言っておかないと、ということなんでしょうね。
そんなことで、「庚申は せざるを入れて 四猿(しざる)なり」 などという川柳もあるとか。

新幹線の高架を潜ると、いきなり道が四本に分かれます。

新幹線の側道は論外として、真っ直ぐか斜め右か迷いましたが、趣きのある斜め右の道を選びました。

右手に墓地がありますが、その中にちょっと興味の湧く墓石があります。

お分かりでしょうか?→

左側にキノコのような形の墓石、
右側には笠を被っているような墓石があります。

左側のキノコ、どうやら本体は「徳利」で、上に乗っているのは伏せた「盃」のようです。

右側の墓石の「笠」も、そう見れば「盃」です。

石塔には「酒百薬の長」と刻まれているのでしょうか。
「酒百の長」と読めるのですが・・・。

いずれにしても、よっぽどお酒好きの方だったのでしょうね。

さらに道を進むと、ありゃ?
高崎・渋川線に出てしまいました。
しかたなく、先ほどの高架下五本辻に戻り、もうひとつの道を進むことにしました。

うーむ、どうでしょう旧三国街道っぽいですか?

←屋根にシャチホコを乗せた、立派なお家がありました。




もあります。→


緩やかにカーブした下り坂の先は、どうなっているのでしょう?

井野川のほとりに出ました。

橋手前の辻には、「大八衢神(おおやちまたがみ)」と刻まれた、大きな碑が建っています。

「八衢神」の元となった「道俣神(ちまたのかみ)」は、黄泉の国から命からがら逃げ帰った「イザナギノミコト」が、禊をするために脱ぎ捨てたから生まれた神様だそうです。
何か別の物からではいけなかったのでしょうか?

また、天孫「ニニギノミコト」が天降る時に、道案内をする「猿田彦」が松明をかざして待っていた場所が、「天の八衢(あめのやちまた)」という辻だったとも言います。
そのことから、「道祖神」と同じ意味で「猿田彦大神」とか「八衢神」とかを祀っているようです。

「大八衢神」が建っている場所は、ちょうど大八木村の入り口にあたります。
「大八木」「八衢神」をかけて「大八衢神」としたのでしょうが、昔の人はなかなか粋で洒落ていたんですね。

さて、今日はここまでと致しましょう。

【二猿の庚申塔】

【徳利と盃の墓】

【大八衢神】





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Posted by 迷道院高崎 at 07:56
Comments(7)三国街道
この記事へのコメント
私が最初に意識した神様はお庚申様、住吉町の城峰神社、鬱蒼とした大木と新井堰の水音、そして線香の香、そこはまた私の領域の極限の地、24歳さんの言う江木橋、迷道院さんでいうと長年寺か恵得寺かはたまた成田山か。        いずれにしてもそれ以上は異境の地。      思えば今の私にとっても庚申様から長野堰ぞいに稲荷橋までが領域であり私の人生なのかとも思う次第です。           冬ざれや何処まで続く迷い道。 ガンバレ! 迷道院
Posted by 捨蚕  at 2009年12月23日 21:39
誤・長年寺       正・長松寺
Posted by 捨蚕  at 2009年12月23日 21:44
>捨蚕さん

大橋生まれの捨蚕さんでしたら、確かに城峰神社の庚申様でしょうね。
私はやはり、高崎神社ですかね。
なんせ6歳から29年間、遊び場でもあり、祈りの場でもありましたから。

迷道院を織り込んだ句を頂戴し、ありがとうございました!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2009年12月23日 22:28
迷い道

尋ねし夢は

颪枯れ
Posted by 昭和24歳昭和24歳  at 2009年12月24日 12:47
>昭和24歳さん

皆さん廃人、もとい、俳人ですなぁ。
では、拙い返句でも。

冬仕舞い しつつ枯野の 迷い道
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2009年12月24日 21:40
迷い道

ふと帰る我

枝ひと葉
Posted by 昭和24歳昭和24歳  at 2009年12月25日 07:32
>昭和24歳さん

参りましたm(__)m
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2009年12月25日 08:55
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