2009年10月18日

電車みち

昔、高崎の街なかを「チンチン電車」が走っていたという話を、聞いたことがあるかもしれません。
あるいは、「実際に走っているのを見たよ。」という、ご年配の方もいるでしょう。
私は残念ながら、そのレールが撤去されるという話を、かろうじて記憶している程度です。

左の地図は、昭和九年(1934)の高崎市ですが、赤く塗ってあるところが「チンチン電車」が通っていた、いわゆる「電車みち」です。
高崎駅西口から、新(あら)町→田町→本町を通って三国街道を北上し、渋川に至ります。

住吉町からは、大きく右に迂回して、また三国街道に戻っていますが、これは信越線と交差するための陸橋を三国街道上に設けることができなかったからなのでしょう。

ここで、少し「チンチン電車」の歴史を、ご紹介しておきましょう。

明治十七年(1884)、上野-高崎間に鉄道が敷かれた後、高崎-渋川間の鉄道敷設を目論んだようですが、蒸気機関車を走らせる鉄道は、建設費が大き過ぎたため、一度は断念しています。

そこで次に考えたのは、比較的建設費が少なくて済む「馬車鉄道」でした。
レールの上をに曳かせた客車を走らせようというのです。 →

折りしも横川-軽井沢間にアプト式鉄道が開設され、それによって廃止となった碓氷馬車鉄道の資材一切を転用することができ、開業したのが明治二十六年(1893)でした。

という訳で、最初はがポックリ、ポックリ客車を引いていたんですね。
2頭立てだったようですが、渋川までどのくらいの時間がかかったのでしょう?
日本橋-新橋間の鉄道馬車が、やはり2頭立てで平均時速8km位だったそうですから、それで高崎-渋川間の路線距離21.5kmを割ると、2時間40分位になりますね。

「馬車鉄道」「電気鉄道」に変わり、「チンチン電車」が走るようになるのは、明治四十一年(1908)のことです。
電化により、渋川まで1時間で行けるようになりました。
そして翌年には、渋川から伊香保まで延伸され、大正十年(1921)には東武バスに買収されて、「東武電鉄高崎伊香保線」と呼ばれるようになります。

しかし、昭和に入って国鉄上越線が全通し、ついで自動車時代が到来すると、「チンチン電車」は次第にバス運行に切り替わっていきます。
そして昭和二十八年(1953)、ついに「チンチン電車」は廃止、昭和三十年(1955)には軌道も撤去されてしまいます。

今、「電車みち」という言葉も消えてしまいましたが、その名残をわずかに残している道があります。「新井堰」のすぐ東です。
「チンチン電車」住吉町から大きく右に迂回していた、その入り口がこの細い路地です。
当時の道幅は、今の倍くらいあったそうです。

路地を抜けるとすぐ「長野堰」に突き当たりますが、「チンチン電車」は、この「長野堰」に架けられた鉄橋を渡り、現在の児童公園の中を抜けて走っていました。


↓下(左)の写真が、長野堰鉄橋を渡る「チンチン電車」の雄姿です。


児童公園を抜けると、大橋町-昭和町の道路と交差します。

その先に真っすぐ続いているのが、「電車みち」です。

北高崎駅(元・飯塚駅)のホームの手前で道は直角に曲がっていますが、「チンチン電車」は真っ直ぐ進んでいたのです。

この手前の直線部分から、徐々に勾配を付けて上り、信越線を跨いでから再び下って行きます。

この陸橋部分の高く盛り上げた所を、「電車山」と呼んでいたそうです。

当時は、「電車山」を築くための土を掘った跡が池になって、「電車池」と呼ばれていたそうです。
けっこう大きい池だったようで、貸しボートが出たり、魚釣りや水泳までできたといいます。

「電車山」を下りた先の「電車みち」が、現在、スポーツデポ東側の道です。
三国街道に出る手前に、電車を整備するための「飯塚車庫」がありました。
現在の、飯塚本町公民館の辺りですね。

さて、今となっては懐かしい思いのする「チンチン電車」です。
残しておけば、素晴らしい観光資源だったと思う気持ちもあります。
しかし、これも時代の流れ。
「倉賀野河岸」「鉄道馬車」も、「人力車」「輪タク」も、そうやって世代交代してきました。
「ガソリン自動車」も、いずれその役割を終える時が来るのでしょう。

でもでも、主役を降りた後だからこそ、価値ある宝になることがよくあります。
捨ててしまう手は、ありませんよね。

(参考図書:「新編・高崎市史」「高崎の散歩道・第六集」「思い出のチンチン電車」)
※昔の写真をご提供頂いた、あかぎ出版様、田部井康修様に厚く御礼申し上げます。


【「長野堰鉄橋」のあったところ】

【「電車山」のあったところ】

【「飯塚車庫」のあったところ】





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この記事へのコメント
こんにちは。

高崎=渋川間にチンチン電車が通っていたのを知っている人も少なくなりました。(当然私も知りませんでした。)
高崎の駅前通りもチンチン電車が走っていて...なんて町内の先輩から聞くぐらいでした。
先日ラジオ高崎の前に置かれている石をフト見ると『チンチン電車の枕木の云々』と説明が書いてあり、「あ~そうなんだ!」と思ったばかりでした。
高崎の歴史について、これからも楽しみにしています。
Posted by 元気が一番!  at 2009年10月18日 10:54
東武鉄道による買収には、幻の東上鉄道の計画が絡んでいると思います。
鉄道ファン2008年10月号の記事に由りますと、東上鉄道が明治41年に巣鴨-川越-松山-児玉-高崎-渋川間の免許を得て、その後池袋から順次延伸して行ったのですが、第一次世界大戦の影響で東武鉄道に吸収されてしまい、その後寄居まで大正14年に開通させたものの、その先は昭和になってから断念してしまったとのことです。
高崎-渋川間はこの計画によって東武鉄道に買収され、東武鉄道高崎線となったのではないでしょうか。

鉄道廃止後、東武バスが路線を引き継いで営業していましたが、最近、分社化して関越交通として現在もバス路線が引き継がれていますね。

全く余談ですが、この路線には電車時代から続く珍名駅として「野良犬」というバス停が知られていました。
群馬郡野良犬村という村があったそうで、何か由来がありそうです。
Posted by ふれあい街歩き  at 2009年10月18日 14:11
>元気が一番!さん

えーっ!ラジ高の前に、そんなのがあったんですかー!?
知りませんでしたー。
今度見に行ってみます!
教えて下さってありがとうございます!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2009年10月18日 20:25
>“ふれあい街歩き”さん

ほーっ!東上鉄道!
巣鴨から渋川までというのは、面白い路線計画ですねー。
今あったら、結構利用されそうな感じですよね。

「野良犬」、そういえば路線図に書いてあったかも知れません。
面白いな、と思いながらスルーしてしまいました(^^ゞ
由来、知りたいですね。
頭の隅に置いておきましょう。

いつも、ありがとうございます。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2009年10月18日 20:32
高崎にもちんちん電車があったんですか?
知りませんでした。
岐阜にいた頃何度か通勤で使いましたが情緒ありましたよ。
今は高崎同様なくなってしまったようですが、
名残惜しいですね。高崎を語る会お疲れさまでしたm(__)m
Posted by ぼらぼら  at 2009年10月18日 20:58
>ぼらぼらさん

そうでしたか、通勤にチンチン電車利用というのはいいですねー。
あまりスピードが速くないところがいいんですよね。
先日、テレビで誰だったかが言ってたんですが、東京のチンチン電車が地下鉄に変わってから、「今自分がどこに居るのか分からなくなってしまった。」って。
単に、風景が見えなくなった以上に、見えなくなったものがあるようです。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2009年10月19日 07:00
このブログを知ってから、たびたび楽しく拝見させていただいております。
電車の写真を提供なさった、田部井先生の、
東武電車の写真の展覧会が、2008年3月25日から5月25日まで、東武東向島駅一階の、東武博物館で開催されました。
それと同時に、「IKAHODENSYA
 上州を走ったトラム 伊香保電車」と題した
先生の東武伊香保電車の写真集も出版されました。
高崎駅から渋川駅まで、前橋駅から渋川駅まで、それから伊香保までと、市街地、街道、山間部と伊香保電車が走る姿が何枚も載っていて、今ではまったく変わってしまった風景が見られます。
展覧会もそうでしたが、写真集も好評で、もう在庫がなくなってしまったそうです。

東武博物館に展示された写真のいくつかが、
今年2009年6月7日から7月8日まで
高崎市美術館でも展示されましたので、ご覧に
なられた方もいらっしゃるでしょう。

電車は昭和28年に廃止されましたので、今ではご存知の方々は少なくなってしまいましたが、展覧会を見て子供時分の自分が写っている
のを見つけた方もいらっしゃいました。
Posted by 雀の子  at 2009年10月21日 20:48
>雀の子さん

コメントありがとうございました!
拙いブログですが、お読み頂いているなんて嬉しい限りです!

先日、田部井様に不躾にもお電話を差し上げた際、展示会があったことをお聞きして、とても残念に思いました。
きっとまたどちらかで開催されるでしょうから、その時には是非と思っています。

ありがとうございました。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2009年10月22日 20:55
少々ご無沙汰でございます。

3年も前のものを今日拝見させていただきました。
「電車山」については、両親からよく聞いていました。はっきりしたルートが気になっていましたのでスッキリした思いです。

電車が写っている下に見える横長の建物は、100%、昭和町にあった旧高崎市立女子高校です。この校舎でよく遊びましたので覚えております。

信越線を電車山で越え、すぐに左折して現在の「飯塚本町の公民館」経由とは思いも付きませんでした。

しかし、本町1丁目から北上するのに「真っ直ぐ」に何故線路を敷かなかったのでしょうか?
最大の疑問です。

結局は、現在の第一病院の東側を通るのですから。(そうでしたよね)

いつも、懐かしめる情報に感謝申し上げます。
本当にすばらしいです!!
Posted by シュワちゃん  at 2012年05月26日 15:31
>シュワちゃんさま

お久しぶりです。
ずいぶん前の過去記事まで読んで頂き、ありがとうございます。

>電車が写っている下に見える横長の建物は、100%、昭和町にあった旧高崎市立女子高校です。

あー、そうだったんですね。
ということは、この写真は北駅側から写したものだということですね。

>しかし、本町1丁目から北上するのに「真っ直ぐ」に何故線路を敷かなかったのでしょうか?

私が思うには、信越線を跨がなければならなかったからではないでしょうか。
真っ直ぐ跨ごうとすると、三国街道を閉鎖しなければなりませんから、一度、脇に振って電車山を築いたのではないかと思います。

当時の関係者がご存命なら、聞いてみたいところですね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2012年05月26日 19:59
NHKBSで火野正平が
自転車で関東から東北を
北上しています。
数週間前に
高崎に来ました。
訪問依頼者のキーワードは
「北小、電車山、レンゲ畑」でした。
それでその時、電車山のページを
探そうとしたのですが
探せませんでした。

火野さんの放送を見たのですが
北小を覗いているところで
終わってしまい、
電車山のことは分かりませんでした。
総集編では
訪れたのかも知れませんが・・・
見ていません。
誰かその場面を
見た人がいたら
教えて下さい。
Posted by いちじん  at 2012年05月28日 11:22
>いちじんさん

そうかー、BSだとそういうのが見られるんですね。

北小と電車山は分かるんですが、レンゲ畑ってどこのことなんでしょう?
でも、嬉しいですね、高崎に来てくれるなんて。

「鶴瓶の家族に乾杯」とか、「今夜も生でさだまさし」とかが来てくれるといいのにな、って思うんですが。
これって、こちらから声を掛けられないもんなんでしょうか。

あ、すみません、話が逸れちゃいましたね(^^ゞ
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2012年05月28日 22:57
まだ小学校2、3年の頃、高校生の従兄に後楽園によく釣れててもらいました。
池袋で降りて、ちんちん電車は巣鴨プリズン跡を左に眺めながら大塚へ、そして白山通りを後楽園方面に坂を降る・・・・・
ちんちん電車の廃線は「車のジャマ」でした。政治というか政治屋は見越していました「車社会」を。
高崎渋川線の廃線も「東武バス」の陰謀でしたつまり、「バスのジャマ」(笑)。
あの伊香保軌道鉄道は八高線から延伸する計画だったとか・・・・
因みに、上信電鉄も下仁田から佐久方面へ延伸計画?
まあ、トラムとかちんちん電車とか欧州の都市は精々が高崎市とおんなじ人口規模で盛んですね。市民の概念が違うんでしょうか?
豊橋はまだ走ってますね、富山も、高岡も豊橋も、確かに利用したことあるけど便利です。あっ、広島はまだ走ってるんでしょうか、平成の始まりに確か乗ったような・・・・
高崎の「ぐるりん」、最近使うけど便利というか不便というか(^^ゞ
Posted by 昭和24歳昭和24歳  at 2012年05月29日 07:10
>昭和24歳さん

あ、広島は4年前に行った時、乗りましたよ路面電車。
あれ、安いし本数多いし、いいですよねー。

高崎も今から軌道を敷き直すのは無理ですから、チンチン電車の姿をしたバスを運行するというのはどうでしょう?
よく、蒸気機関車の姿をした幼稚園バスってあるじゃないですか、あれですよ。

路線も考えなくちゃいけませんね。
ぐるりんも東口で降ろされちゃうと、年寄りは西口まで行くのが大変らしいです。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2012年05月29日 20:31
>年寄りは西口まで行くのが大変らしいです。

全くです!!

何のために莫大な費用をかけて旭町と和田町にアンダーパス作ったんでしょうか!??

東口線は西口を終点に、西口線は東口を終点にすればいいんです。

年寄りは大変です、そろそろ(^^ゞ
Posted by 昭和24歳昭和24歳  at 2012年05月30日 20:57
>昭和24歳さん

そろそろですか(^_^)

そろそろですよね。

そろそろと言えば、そろそろ本当の自動車ができてもいいんじゃないでしょうかね。
行先をインプットすれば、居眠りしててもそこまで自動で連れてってくれるような。

年寄りが多くなるってんですから、大きな需要が見込めそうな気がするんですがね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2012年05月30日 21:52
5月29日に高島屋へ行こうと
自転車で東口に行きました。
駅を自転車で通ろうと思い
エレベーターへ行ったところ
自転車禁止。
もう一ヶ所も
自転車禁止。
自転車を担ぐ力もないので
交番へ行きました。
警察官
「自転車では西口に
行けません」
「どうすれば、良いんですか?」
警察官
「旭町か和田町のガードを
利用して下さい」
「!・・・?」
警察官
「警察が規制したのではなく
高崎市の方針ですから・・・
苦情は市の方へ!」
しかたなく
旭町のガードに回りました。
Posted by いちじん  at 2012年06月01日 01:09
>いちじんさん

それは、えらいことでしたね。

自転車は乗れば車両ですけど、押せば歩行者扱いで、車いすや乳母車と同じはずですよね。
でも、乗ったまま通路を走るような奴が出てくるから、禁止しているんでしょうか。

いずれにしても、近くて遠い西口と東口ですね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2012年06月01日 19:32
イーサイトとかになってからはコンコース使ってないですけど・・・・

以前は自転車通行OKでしたよね。

娘が小学生の頃はしょっちゅう、東口と西口往復してましたよエレベーター使って。

市の条例ですか・・・・・

使わない人が決めるんでしょうねぇ。

まあ、混んでるから、自転車自走してはちょっとだけど、あの間、手押しは認めてもいいんじゃないでしょうか。

高崎だって「駅レンタサイクル」やってるのにね。
http://www.city.takasaki.gunma.jp/soshiki/koutsu/zitenn/renta.htm

ちなみに台数は少ないけど、無料とか・・・・・

コレで、東西往来できないなんて(アホ)。
Posted by 昭和24歳昭和24歳  at 2012年06月02日 07:57
>昭和24歳さん

東口から上中居までの道路も、自転車では通り難い道でしたが、やっと歩道も広くなって安心して通れるようになりました。

高崎は広域サイクリングロードが何本も通ってるのですから、自転車が利用しやすい町を目指すと良いと思っています。

その一環で、駅を貫く自転車ロードなんてのができたら、視察団がたくさん訪れるようになるかもしれませんね。
そうすれば、ションベンコン・・・じゃない、コンベンションホールの利用率も上がる・・・かな?
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2012年06月02日 19:14
大変ご無沙汰しています。
フェイスブックで「ぐんま懐かし保存会」というページ(投稿サイト)が2週間ほど前から開始され、高崎駅前のチンチン電車の写真を見つけました。
それを見ていたら、こちらのブログをまたゆっくりと読み返したくなりました。
また散歩の課題にさせていただきます。
Posted by AO  at 2013年02月23日 17:12
>AOさん

おーっ、お久しぶりです!
米街道以来ですかね。

ご紹介頂いた「ぐんま懐かし保存会」、拝見しましたよ。
なかなか面白いサイトですね。

渋川の平形眼科に保存されてるチンチン電車、今度伊香保の温泉街に展示されるそうですね。
高崎でも欲しかったけど、伊香保の方が活用のしかたは上手でしょうから。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2013年02月23日 18:39
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