2009年08月14日

蛇が怖けりゃ、この神社

倉賀野下町「古堤」のすぐそばに、「諏訪神社」があります。

倉賀野城主・金井淡路守武田信玄の命により、信州諏訪神社を勧請したと言われています。

この神社には、なぜかにまつわる話が付きまとっています。

倉賀野神社に伝わる「飯玉縁起」に登場する飯玉八郎が、倉賀野神社の御手洗池に住んでいた大蛇を退治して、頭を倉賀野神社に、尾をここ諏訪神社に祀ったという話が伝わっています。

また、昔、諏訪神社の近くに「穴池」という大きな池があって、そこに大蛇が住みついていたという話もあります。
その大蛇を、下町の人達が退治したのですが、祟りを恐れて諏訪神社に祀ったのだそうです。

そこで以前は、諏訪神社の拝殿に飾る注連縄(しめなわ)は、大蛇をかたどってあったといいます。
その名残りでしょうか、拝殿の注連縄は白い布が巻いてある珍しいものです。

さらに、境内の奥には「池鯉鮒神社」というのが祀られています。
「ちりう・じんじゃ」と読むそうで、愛知県知立(ちりゅう)市から勧請された「蝮(まむし)除け」の神様だそうです。
「ちりう」「茅生」とも書き、茅(かや)の沢山生えている所という意味もあるので、そんな場所に生息しているに噛まれないための信仰なのでしょう。

もともとは、「荒神山」のちょっと東、字大道南に祀られていた小祠で、明治末期の神社整理で諏訪神社境内に移されたものです。

諏訪神社の境内には、驚くほど立派な土俵が設(しつら)えてあります。

毎年8月26日が祭礼日で、その日にこの土俵で「子ども相撲」が催されるのだそうです。
また、以前は山車も出たようですが、今は8月16日「閻魔堂」の祭りにだけ山車を繰り出すようです。

諏訪神社境内の整備には、下町町民の力が大きく関わっています。
そのことについては、5月31日の記事、「嬉しい話」をご覧ください。

(参考図書:「高崎市史民俗調査報告 第七集」「続・徐徐漂たかさき」)


【諏訪神社】

【閻魔堂】


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Posted by 迷道院高崎 at 07:59
Comments(2)倉賀野
この記事へのコメント
蛇は大嫌いですが、池・鯉・鮒という文字を見て、昨年の石仏めぐりで「池鯉鮒大明神」と彫られた石碑を見たことを思い出しました。
廃寺になった寺跡の参道にあったのですが、その地は蛇が多かったのでしょうね。
マムシ除けの神社があるなんて、なんでも信仰につなげてしまう当時の庶民生活が偲ばれます。
Posted by 風子風子  at 2014年03月24日 17:01
>風子さん

 >なんでも信仰につなげてしまう・・・

そうですよね。
非科学的と言えばそれまでですが、精神文化的には豊かだったような気がします。
自分の力が及ばないことは神様にお任せして、自分の出来る事は一生懸命やる。
その方が、いいかも知れませんよね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2014年03月24日 21:12
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蛇が怖けりゃ、この神社
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