2009年07月17日

久々の五万石ネタ

先月、6月26日に高崎中央公民館で、高崎観光ガイドの会主催「五万石騒動と御伝馬事件」の講演会がありました。

講師は、郷土史家で高崎五万石騒動研究会員の萩原慧先生です。

五万石騒動の背景や運動の顛末、その後の伝承運動など、熱のこもった講演で、ついに御伝馬事件の話まで辿りつきませんでしたが、大変興味深く面白くお話を伺うことができました。

先生のお話を伺いながら、今と似てるなーと思いました。
長年続いた幕府政治から、明治新政府への政権交代。
農業では生活が成り立たないと訴える農民。
年貢の公民比を5:5にして欲しいという地方の訴え。
期待される新政府と、戸惑い混乱する旧政府(高崎藩)。

など、など・・・。

お話の中で、驚いたことがひとつあります。
下中居村の大総代:佐藤三喜蔵の住居が、中里村(現高崎市東中里町)に移築されて現存しているという情報です。
頂いた資料に、こう書かれていました。
「明治五壬申年(1872)、家屋新築ノ挙、同年一月二十一日、下中居村佐藤三喜蔵氏家屋ヲ曽テ買取置シ故、本日之ヲ引キ取ラント欲シ・・・」
「中里村 五十嵐勘右衛門長男 五十嵐喜一作成」とあります。

実は、「高崎の散歩道 第三集」には、下中居町発性寺近くに「三喜蔵宅跡」があると記されています。
しかし、行ってみるとそれらしきものは、跡形もありませんでした。

三喜蔵の墓は、そこからちょっと東へ行った普門寺に、それは立派なものがあります。

三喜蔵宅をなぜ残せなかったのかなぁ、とずっと思っていたのです。

前回の記事で、高崎城「しゃちほこ」「裏門」を探しに、栗崎町台新田町を探索しましたが、東中里町もすぐそばです。
ついでと言っては何ですが、移築されたという三喜蔵の家を探してみることにしました。

そして見つけました!

表札には、五十嵐勘衛と書かれていますので、五十嵐勘右衛門さんのご子孫と推察しました。

念のため確認をしようとチャイムを押しましたが、、残念ながらお留守でした。
お隣の家もまた、五十嵐姓の立派なお屋敷でしたので、図々しくお尋ねしたところ、間違いありませんでした。

その方のお話では、「明治四年(1871)に火災にあって家が焼失したため、三喜蔵の家をここに移築したと聞いている。」とのことでした。

先の文書に、「買取代価は金百六拾両なり」とあります。
どのような経緯で、三喜蔵の家を買い取ることになったかはわかりません。
ただ、多くの農民を率いての訴願活動は、おそらく莫大な出費だったことでしょう。
しかも、明治三年(1870)に三喜蔵が処刑されてしまった家の家計は、さぞかし苦しかったことでしょう。
三喜蔵は民を救うために、文字通り、財も命も投げ出した訳です。
五十嵐家が、そんな三喜蔵家を救う意味もあって、家屋の買取をしていたのではないでしょうか。

五万石騒動を伝える貴重な史跡として、この家をずっと残していってほしいものです。

【三喜蔵宅があったところ】


【三喜蔵の墓】


【移築された三喜蔵宅】


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この記事へのコメント
はじめまして。
高崎五万石騒動のことを検索していて辿り着きました。
実は私は本記事に出てくる五十嵐勘衛さんの家を知っています。東中里町の五十嵐姓は皆この家が大本家に当たるのだと思います。でも、この家が佐藤三喜蔵さんの家の移築だったとは知りませんでした。子供の頃、この家の裏手が遊び場でした。因みに、勘衛さんの隣家の五十嵐様は岩鼻小学校の先輩です。
また私は高井家にも縁があって、喜三郎とは血縁があるのですが、五万石騒動の話はよく知りませんでした。このブログ記事でだいぶ勉強させてもらいました。ありがとうございます。
ついでに・・・私の住まいは粕沢橋の近所ですが、ここも五万石騒動では因縁のある場所だったんですね。知らない事がまだまだありそうです。
Posted by かたな  at 2016年03月21日 18:17
>かたなさん

コメント、ありがとうございます!

こんな拙いブログでも、長くやっているといろいろな方の目に留めて頂いて、関係者の方や、ご子孫の方からコメントやメールを頂戴することも多々あり、光栄に感じております。

五万石騒動研究会の方々が地道な活動をされていますが、後世に伝えていくべき歴史だと思います。

これからも、よろしくお付き合いのほど、お願い申し上げます。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2016年03月21日 20:29
はじめまして。
高崎の「五十嵐」を調べていてこちらにたどり着きました。
私の両親は「はとこ」同士の結婚で、
父方の曾祖母と母方の曽祖父(母の実家へ婿入り)が五十嵐です。子供の頃の大叔父達の会話の中に「きいち伯父さん」という言葉があったような・・・曾祖母の嫁入り行列の華やかさを良くきかされたものです。父方の本家もまだ大類で続いている。と、母は申しておりました。年寄りが亡くなる前に、きちんと聞いておくべきだった・・・と後悔する昨今です。
これからも楽しみに拝読させていただきますね!
Posted by ルーツは高崎  at 2017年09月28日 00:02
>ルーツは高崎さん

コメント、ありがとうございます。

東中里村は五十嵐さんがとても多いんですよね。
そのどの家もみな立派なお屋敷です。

私もそうなんですが、親や親戚に昔の事を聞いておけばよかったとほんとに思いますね。
それと、家に残っていた古いものをみんな捨ててしまって、今になって後悔しきりです(^^ゞ

これをご縁に、どうぞよろしくお付き合いのほど、お願い申し上げます。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2017年09月28日 18:37
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