2009年06月12日

粕沢の笠守稲荷

粕沢の笠守稲荷「粕沢の立場茶屋」があったとされるドラッグストア・ウエルシアの道の反対側、その奥まったところにひっそりと赤い鳥居が見えます。

鳥居には「正一位 笠守稲荷大明神」とあります。

「かさもり」というお稲荷さんは全国にあるようですが、本家本元は大阪府高槻市にある「笠森稲荷」だそうで、その地の豪族「笠氏」が創設したといわれています。

東京都台東区谷中にあるのは「瘡守稲荷」と書き、「瘡」つまり皮膚病の治癒に霊験があったようです。
江戸時代、谷中の近くには有名な色里「吉原」がありました。
色里につきものなのは、梅毒などの性病です。
罹患すると「瘡」ができて悩まされるということから、谷中の「瘡守稲荷」は、病気予防・治癒祈願の参拝者で大層盛んだったそうです。

粕沢の笠守稲荷さて、粕沢の近くには倉賀野宿があり、そこには沢山の飯盛女達が働いていました。
おそらく、「瘡」で悩まされていた人も多かったことでしょう。

「粕沢の笠守稲荷」がいつ頃祀られたか定かではありませんが、江戸との水運交流が盛んだった倉賀野河岸です。
江戸谷中「瘡守稲荷」の評判を聞いて、この地に勧請したことは想像できます。

「笠守稲荷」の境内に、石の「お大師様」がちょこんと座っています。
すべては、この「お大師様」がご存知なのでしょう。


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