2021年02月07日

史跡看板散歩-218 下室田の松山城居館跡

下室田町の県道29号(あら町-下室田線)沿いに、「みなとや」「ミヤシタ」というひらがなとカタカナのお店が並んでいますが、その道向こうに北へ入る道があります。
史跡看板散歩-218 下室田の松山城居館跡

両側に石垣があって、ちょっと雰囲気のある坂道です。
史跡看板散歩-218 下室田の松山城居館跡

その石垣の所に史跡看板が建っています。
史跡看板散歩-218 下室田の松山城居館跡
史跡看板散歩-218 下室田の松山城居館跡

なるほど、それでアパートの名称が「ハイツ堀之内」ですか。
史跡看板散歩-218 下室田の松山城居館跡

室田村代官の中島氏について、「室田町誌」にはこう書かれています。
中島新左衛門は永禄四年(推定1561)下室田の豪家に生まれ、萬治二年(1659)九月二十五日室田宿に歿、九十八才。
安中城主井伊直勝の臣、室田宿安中藩領の代官に任じていましたが、たまたま城主直勝の側室お岩の方懐妊を預り、お岩の方男子(直之、後直好)出産後は、正室や側室に男子が生まれなかったので世継ぎとして三才までこれを養育しています。
寛永九年(1632)直好は安中藩を襲封していますが、中島新左衛門は養育の功により直勝公より二百五十石を賜っています。(略)
直好は正保二年(1645)六月、三河国吉良西尾へ転封になっていますが、中島新左衛門は四男を伴ってこれに従い、直好の萬治二年(1659)一月の遠州掛川への転封にも従っています。(略)
中島新左衛門の子孫は代々大森神社の総代人となっています。」

坂を上り詰めた所に、代官屋敷を偲ばせるような立派なお宅がありました。
史跡看板散歩-218 下室田の松山城居館跡

その東側は、ひろーい駐車場になっています。
史跡看板散歩-218 下室田の松山城居館跡

駐車場の北も、ひろーい草地です。
史跡看板散歩-218 下室田の松山城居館跡

草地の北西隅に、何やらお社が見えます。
史跡看板散歩-218 下室田の松山城居館跡

立派なお社なんですが、何をお祀りしてるのでしょう。
史跡看板散歩-218 下室田の松山城居館跡
お稲荷さんの他は、何の神様か分かりません。
史跡看板散歩-218 下室田の松山城居館跡

お社側から見てみると、先ほどの代官屋敷らしいお宅につながっているように見えます。
史跡看板散歩-218 下室田の松山城居館跡
あー、あのお宅の屋敷神様なんですね、きっと。

駐車場の北方に見える山が、「松山城跡」です。
史跡看板散歩-218 下室田の松山城居館跡
史跡看板散歩-218 下室田の松山城居館跡

次回、行ってみると致しましょう。


【松山城居館跡(堀之内)】





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この記事へのコメント
今晩は、「中島新左衛門」は、長命の方ですね。
それに、代官屋敷跡は、すごく広い屋敷で驚きました。
Posted by 和佐田  at 2021年02月09日 22:27
>和佐田さん

コメント、ありがとうございます。
昔の人にしては、長命ですね。
あやかりたいものです。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2021年02月10日 21:08
今晩は、私の父親は、明治40年生まれで
自分ので、21世紀を視るのが夢でしたが
102歳で、
冗談を言いながら翁になりました。
Posted by 和佐田  at 2021年02月11日 20:54
>和佐田さん

あやかりたい、あやかりたい。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2021年02月12日 18:05
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