2020年05月03日

史跡看板散歩-186 中豊岡の道しるべ

あれ?
無くなってる!
史跡看板散歩-186 中豊岡の道しるべ

8年前、ここに転がってたんだけどなぁ。
史跡看板散歩-186 中豊岡の道しるべ
これ、「高崎最古の道しるべ」というものなんです。
史跡看板が建ったというんで来てみたんですが。
あれぇ?

あーっ、あったあった、ありました!
ずーっと奥の塀の陰の畑の畔に。
史跡看板散歩-186 中豊岡の道しるべ
気付くかなぁ、これ。

史跡看板散歩-186 中豊岡の道しるべ

看板の冒頭、「この場所は」って書いてありますが、文末には「現在は道路改修に伴い、ここに移されています。」と書いてあります。
じゃ、「ここ」「この場所」じゃないってことですよね。

看板の文面から、元あった場所を推定してみました。
史跡看板散歩-186 中豊岡の道しるべ

なぜ、元あった場所に建てられなかったのかなぁ。
スペースは充分あるように思いますがねぇ。
史跡看板散歩-186 中豊岡の道しるべ

ま、でも、無造作に転がっていたのをきちんと起こして、史跡看板まで建てて頂き、8年前の望みは叶いました。
ありがとうございます。
史跡看板散歩-186 中豊岡の道しるべ
「向 右野道 前中仙道 後下台 左中仙道 通」
転がってた時には隠れてた面の文字も、見えるようになりました。
「右 室田 者(は)るな 神山 ??? 道」
ただ、最後が読めません。
「三之くら」「西よくら」

うーん・・・。


【中豊岡の道しるべ】





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この記事へのコメント
自分が見つけたときは、すでにここでした。8年前はそんな雑に扱われていたんですね。豊岡というと、高崎競馬場に祀られていた馬頭観音の行方を探していたときに偶然、常安寺で見つけた思い出してしまいます。
Posted by 南瓜  at 2020年05月03日 23:47
>南瓜さん

あの馬頭観音は、もともと豊岡のどこかに祀られてたものらしいですね。
常安寺の檀家さんが、馬主協会のメンバーだったことでここに移設したもののようです。
時の流れというのは、いろんなものを変えるものですね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2020年05月04日 16:40
久しぶりでコメントいたします。
昨日観音山清水寺の階段を登りました。連日の自粛ムードでこの年寄りも身体が鈍ってしまいます。運動を兼ねて登りましたが、まだ途中休憩なしで完登できたので大変満足。本堂を一回りしてみました。貴兄のブログの記事が数枚の写真で掲げてありました。こうした高崎の歴史を調査されてブログに載せて随分経過していますね。素晴らし業績です。
閑なので過去の記事を見ていたら、2008年12月29日の記事で「チトンチントシャン」
の写真が目に留まりました。私に無縁ではないのでコメントします。手前の風情ある茶室。70年近く前に書道の手習いに通っていた加部雅司翁の家だ。この茶室で2年間ほど教えていただきました。翁の書は非常にきっちりした楷書でした。翁の手になる碑文が護国神社や頼政神社に石碑としてあります。奥の三味線を扱う家の息子さんが私の次男の二中、高松中時代の友達でした。「ムラッチ」と呼んでいました。学業優秀な生徒でした。どこで活躍しているでしょうか?
長くなってしまいました。
Posted by toboketaG  at 2020年05月06日 18:05
>toboketaGさん

こんにちは!
清水寺の石段、一気に上られましたか!
そりゃすごいですね。
本堂の壁に貼ってある説明ビラは、高崎青年会議所が開催したイベント用に作ったものです。
ご住職がずっと貼っておいてくれてて、嬉しいですね。

柳川町の三味線屋さんの茶室、有名な書家の方がいらっしゃったんですか。
それは知りませんでした。
あとで、護国神社と頼政神社へ行って石碑を探してみます。

情報、ありがとうございました。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2020年05月06日 21:02
コメントへの返信を見ました。
正確に言うと茶室を有する家と三味線の家は別人だと思います。この間に路地があり、そこから門をくぐって茶室に入った記憶があります。
Posted by toboketaG  at 2020年05月07日 21:15
>toboketaGさん

あ、改めて写真を見ると、別の家ですね。
それにしても、いい佇まいです。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2020年05月08日 16:45
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