2019年12月22日

史跡看板散歩-168 足門の百庚申

「金古南足門(かねこ・みなみ・あしかど)公民館」の入口に、「足門の百庚申」があります。
史跡看板散歩-168 足門の百庚申

「百庚申」といっても、百基建っている訳ではなくて。
史跡看板散歩-168 足門の百庚申

一基に、多数の「庚申」という文字が刻まれているということです。
史跡看板散歩-168 足門の百庚申
史跡看板散歩-168 足門の百庚申

「栗崎町の諏訪神社」にも、このタイプの「百庚申塔」がありました。

また「足門の百庚申塔」には、「青面王」(しょうめんおう)と刻まれています。
「青面王」については、まだブログ駆け出しの頃、たいへん手こずったことがあります。
「旧三国街道の三ツ寺」でのことです。

なお、なぜ「青い面の王」なのか、「庚申」とどういう関係なのかについては、「綿貫町の正面金剛」の記事をご参照ください。

史跡看板に、「この庚申様は三国街道沿いにあったが、平成元年にこの場所に移した」とあります。
その辺の経緯が、「由来」という石碑に刻まれていました。
史跡看板散歩-168 足門の百庚申

この道しるべも、その時、移されたのかも知れませんね。
史跡看板散歩-168 足門の百庚申

旧群馬町は、史跡を大切にしていたことがよく分かります。
高崎市と合併したことにより、その精神が失われないことを祈るばかりです。


【足門の百庚申塔】





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この記事へのコメント
文化伝統は、大切に後世残す事が
必要ですね。

一度失われた地域の遺産は
二度と戻りませんから
Posted by wasada  at 2019年12月24日 16:31
>wasadaさん

ほんとですね。
残すには金も手間も必要ですが、最も必要なのは地域愛でしょうかね。
それには、まず地域の歴史を知るところから始まるように思います。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2019年12月24日 20:42
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