2019年06月02日

史跡看板散歩-143 東向八幡宮の二十三夜塔

箕郷町西明屋(にしあけや)に、「東向八幡宮」があります。
史跡看板散歩-143 東向八幡宮の二十三夜塔

「二十三夜塔」と史跡看板は、玉石垣の内側に建っています。
史跡看板散歩-143 東向八幡宮の二十三夜塔
史跡看板散歩-143 東向八幡宮の二十三夜塔
史跡看板散歩-143 東向八幡宮の二十三夜塔

「二十三夜」については、このシリーズ36話「さんや様」に詳しく書きましたので、どうぞご覧ください。

ところで「東向八幡宮」、なかなか由緒ある神社のようです。
史跡看板散歩-143 東向八幡宮の二十三夜塔

霊験灼(あらた)かということで、お百度参りをする方も多いのでしょうか。
史跡看板散歩-143 東向八幡宮の二十三夜塔

その作法も、けっこう細かいです。
史跡看板散歩-143 東向八幡宮の二十三夜塔
最後の「注」まで読んで、ホッとしましたが。

社殿も立派です。
史跡看板散歩-143 東向八幡宮の二十三夜塔

拝殿の虹梁鼻が面白い。
何となく鮭が口を開けたような形で、木の節がちょうど目になるように細工してあるみたいで。
史跡看板散歩-143 東向八幡宮の二十三夜塔

本殿の彫刻。
史跡看板散歩-143 東向八幡宮の二十三夜塔

本殿の玉垣の中に、町の重要文化財がありました。
史跡看板散歩-143 東向八幡宮の二十三夜塔
「石幢」(せきどう)は死者の霊を供養するもので、ここの「石幢」に刻まれている仏様は「十三仏」と言って、初七日から三十三回忌までの追善供養を司っているんだそうです。

「東向八幡宮」の通りは、箕輪城下町の「鍛冶町通り」だそうです。
史跡看板散歩-143 東向八幡宮の二十三夜塔

通りのあちこちに看板があって、雰囲気を醸し出しています。
史跡看板散歩-143 東向八幡宮の二十三夜塔
史跡看板散歩-143 東向八幡宮の二十三夜塔

広く知られているように、高崎城下の町は箕輪から移ってきたので、同じ町名がたくさんあります。
史跡看板散歩-143 東向八幡宮の二十三夜塔
高崎にも、箕輪と同じような町名看板が欲しいもんです。

「鍛冶町通り」沿いのお花畑に、心が癒されました。
史跡看板散歩-143 東向八幡宮の二十三夜塔



【東向八幡宮の二十三夜塔】





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この記事へのコメント
初めてこに珍しい虹梁鼻の彫刻は
獏は多く見ますが、もしかして
昔この地方に鮭がさか昇ってきたかもしれませんね。
噺は、変わりますが、お役所は
我が町では、地名の由来を考慮しないで
変えるので、歴史ある町名は残す事が
大切とおもいますが?
Posted by wasada  at 2019年06月02日 10:23
>wasadaさん

この虹梁鼻、変わってますよね。
鮭はどうでしょうかねぇ。

昔ながらの町名に出会うと、嬉しくなります。
最近流行りのひらがな地名とか、カタカナ地名は、何とも・・・。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2019年06月02日 20:05
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