2019年03月10日

史跡看板散歩-132 棗原稲荷神社

「我峰八幡神社」から北へ300m、「長野堰」の水が新白川の下を潜って出てきた所に「棗原(なつめはら)稲荷神社」があります。
史跡看板散歩-132 棗原稲荷神社

史跡看板の内容は、至極あっさりしたもので。
史跡看板散歩-132 棗原稲荷神社

これ以上の情報を見つけることはできませんでしたが、この辺一帯は発掘調査が行われ「棗原遺跡」と呼ばれているようです。
史跡看板散歩-132 棗原稲荷神社

発掘の結果、昔から人々が生活していたことが分かります。
浅間B軽石下水田跡・畠跡や平安時代の住居跡が発見されている。
中世の遺構は、浅間B軽石下畠跡を切るピット(小さな穴、細い穴)群がある。
44個発見されたピットは、径30cm、深さ40~45cmで、ほぼ円形である。
これ等のピットは直線的な列として、また平行に並んでおり、単なるピット群でなく、掘立柱建物群になる可能性も残されている。」
(新編高崎市史資料編3)

「棗原」という名の通り、参道には今もの木が何本かあり、地面には実がたくさん落ちていました。
史跡看板散歩-132 棗原稲荷神社

昔はきっと沢山のの木が自然群生していたか、もしかすると栽培されていたのかも知れません。
「桃・栗三年、柿八年、棗はその年カネになる」という言葉もあるらしいですから。

花は6月頃咲くそうです。
その時期にまた訪れてみたいと思いました。


【棗原稲荷神社】





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