2019年03月03日

史跡看板散歩-131 我峰八幡神社

我峰(わがみね)町の鎮守・「八幡神社」です。
史跡看板散歩-131 我峰八幡神社

献灯が立ち並ぶ参道の左側が小高くなっています。
史跡看板散歩-131 我峰八幡神社

史跡看板は、その中腹に建っています。
史跡看板散歩-131 我峰八幡神社
史跡看板散歩-131 我峰八幡神社

その隣には、大きな由緒看板。
史跡看板散歩-131 我峰八幡神社

そこに、「鮭の森」というのが出てきます。
境内に、「鮭の森大神」という碑が建ってます。
史跡看板散歩-131 我峰八幡神社

たしか新聞記事を切り抜いておいたはずと思い、スクラップを引っ掻き回してみましたが見つかりません。
やむなく、図書館でコピーしてきました。
史跡看板散歩-131 我峰八幡神社

写真の中央に立っている方が我峰八幡神社の清水貢宮司ですが、実は我が家は神葬祭でして、墓地が沖の本郷にあることから清水宮司には折々お世話になっております。

普段はここから400m東の「松本稲荷」にある社務所兼自宅にいらっしゃるんですが、偶然この日は近くの「棗原(なつめはら)稲荷」の初午の準備で来ていらっしゃいました。
お互い顔を見合わせてびっくりしたんですが、私の目的を聞き拝殿を開けて中を見せてくれました。
史跡看板散歩-131 我峰八幡神社

拝殿の中には、当時鮭を突いていたという「ヤス」が奉納されています。
史跡看板散歩-131 我峰八幡神社

3月3日が、鮭の放流祭だそうです。

ところで、二つの看板に「住吉城」というのが出てきますが、この辺にあったようです。
史跡看板散歩-131 我峰八幡神社

その辺りを目掛けて新白川の土手を歩いて行くと、うっかりすると見逃しそうな所に、「住吉城址」という石碑がありました。
史跡看板散歩-131 我峰八幡神社

碑背の撰文は、古城塁研究家・山崎一氏でした。
史跡看板散歩-131 我峰八幡神社

「住吉城」碑の少し先に、「長野堰」の水が新白川の川床の下を潜っている場所があります。
史跡看板散歩-131 我峰八幡神社
史跡看板散歩-131 我峰八幡神社

土手の上から沖町側を見ると、これが「旧室田街道(草津街道)」です。
史跡看板散歩-131 我峰八幡神社

振り向けば「我峰橋」の向こうに、「鮭の森」が見えます。
史跡看板散歩-131 我峰八幡神社

昭和二十九年(1954)の白川大改修で現在の流路になるまでは、ここに「室田街道」が通っていました。
史跡看板散歩-131 我峰八幡神社

まさに「住吉城」は、街道を守る重要な位置にあった訳です。

土手を下りて沖町への街道を少し歩くと左右に分かれますが、右の細い道が「旧室田街道」です。
史跡看板散歩-131 我峰八幡神社

その手前の電信柱の所に石が転がってますが、よく見ると薄っすら文字が刻んであります。
史跡看板散歩-131 我峰八幡神社

「向 右箕輪金古 左室田榛名 道」と読めます。

もっと先へ行ってみたい誘惑にかられますが、帰れなくなりそうなので、今日はここまでといたしましょう。


【我峰八幡神社】

【住吉城趾碑】

【沖町の道しるべ】





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