2018年05月27日

史跡看板散歩-94 新町宿諏訪神社元宮

新町駅の線路向こうにある「諏訪神社元宮」


史跡看板は、2つ建っています。
ほほーと思ったのは、この看板が敷地に対してちょっと斜めに建っていることでした。
つまり看板の面が道の方向を向くようにしてあるんです。
新町らしい、細やかな気遣いだなと思いました。




ただ、この「諏訪神社元宮」の看板、後半の説明文については、ちょっと残念に思います。
「新町町誌」にある「諏訪神社(五区)」についての説明文をそのまま使ってしまったので、「元宮」の地で読むとこんがらがっちゃいます。

こんな風に書き換えるとよかったんじゃないでしょうか。
元宮の石祠があるここ小字本屋敷には、旧笛木村の鎮守諏訪神社が建っていました。
承応三年(1654)落合村と笛木村が合併して新町宿になった時、諏訪神社は街道の北に移されました。
現在5区にある諏訪神社です。
元あった場所には石祠を祀り、これを元宮としました。」

字図に両社の位置を書き込むと、こんな感じになります。


ところで、「元宮」の隣の建物なんですが、すごく素敵だと思いませんか。


「岡崎醤油株式会社」の建物です。

倉庫か物置として使ってるのかなと思って窓から覗くと、人の姿が見えます。
目が合ってしまったので、一応会釈をしてすぐ離れたのですが、どうにも好奇心が抑えられません。
しばらく外でウロウロしてましたが、意を決して、木製のドアをガタン!と押して中へ入りました。

瞬間、小津安二郎の映画の中に飛び込んでしまったような感覚でした。
事務所の中の趣きも、振り向いた若い女性の清楚で美しい顔だちも、まるで映画のワンシーンのようでした。

会社のパンフレットがあれば頂きたかったのですが、パンフレットはないけどもと、A4一枚にまとめた会社概要をコピーしてくれました。

パンフレットに書いてある会社の歴史は、
 創業 1751年(宝暦元年)8月 群馬県新田郡
 移転 1923年(大正12年)5月 群馬県多野郡新町
とあるだけでした。

もっと詳しく知りたくなったので、調べてみました。
(「新町町史」、「近江日野の歴史第七巻」)

創業者は蒲生郡内池村(現滋賀県日野町)の岡崎傳左衛門という、いわゆる近江商人です。
宝永元年(1704)上州新田郡本町村(藪塚本町)に、「近江屋」という名前で酒造業を始めます。
宝暦元年(1751)に醤油・味噌の醸造も始めたので、「岡崎醤油」としてはこの年を創業年としたのでしょう。

文化十四年(1817)に、藤岡上町(現藤岡市)の近江商人小沢武右衛門から店と蔵を譲り受け、「近江屋孫九郎」という店を開きます。
大正三年(1914)に「近江屋」「岡崎商店」と改称、大正十二年(1923)新町に新工場を建設して藤岡から移転し、藪塚にあった本店も新町に移します。

ということで、この素敵な建物は大正十二年当時のものだそうです。
いつまでも使い続け、残していってほしいと切に思います。

「岡崎醤油」の建物があまりにも素敵だったので、つい「諏訪神社」の話が雑になってしまいました。
次回は、「元宮」の引っ越し先、5区の「諏訪神社」の話をしたいと思います。


【諏訪神社元宮】






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この記事へのコメント
1枚目の画像を見て、南国のような木と素敵な建物、そしてオレンジ色の鳥居とのミスマッチが面白いと思いました。
醤油会社の歴史もわかって、よかったですね。
Posted by 風子風子  at 2018年05月27日 15:51
>風子さん

醤油会社の建物がなかったら、ま、それなりの写真にしかならなかったかも知れませんね。
あの建物を現役で使ってるというのが、嬉しく思いました。
近江商人の血が受け継がれてるんでしょうね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2018年05月27日 17:39
なぜか?
群馬県の企業の創業者は、
近江、越後、信州の方が多いいですね。
上州人は、商売にはあまり得意でないようで?
Posted by wasada  at 2018年05月28日 10:02
>wasadaさん

うーん、そうなのかも知れませんね。
高崎も、近江、越後の人が豪商になっています。
ただ、上州にも幕末・明治にかけて横浜で大成功した商人も少なからずいますので、一概には言えないかもしれませんが。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2018年05月30日 20:47
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