2017年07月02日

史跡看板散歩-51 田子屋の獅子

倉賀野「永泉寺」から中山道手前の比較的小規模な町内が、「田子屋」です。



「永泉寺」東の二股道を左へ行くと、建物の壁にへばり付くように、二十二夜塔馬頭観音碑が建っています。


ここが「田子屋公民館」で、今回の史跡看板「天下一角兵衛田子屋の獅子」があります。



倉賀野の各町内は屋台を持っていますが、「田子屋」は持っていません。
その代わり、倉賀野神社の祭礼で五台の屋台が巡行する時は、いつも「田子屋の獅子」がその先頭を進んだということです。


「天下一角兵衛」というのは獅子舞の流派のことで、現在高崎の獅子舞保存会に登録されている16組の内、「天下一角兵衛」を名乗っているのは田子屋上中居だけだそうです。

もっとも、上中居の獅子舞は天保三年(1832)に田子屋から指導されたものだと言われています。
これについては面白い話があって、指導する時に田子屋で舞っている通りではなく、舞と囃子の組順を変えて教えたということです。
なので、同じ演目で同じ囃子を演奏しても、田子屋上中居では違う舞いなのだそうです。


因みに、他の地域の獅子舞の曲数は25~26曲であるのに、田子屋では75曲もあるそうです。
「天下一角兵衛」流師範としての自負を感じます。

そんな「田子屋の獅子」も後継者不足のため、十数年途絶えた時期がありますが、平成十七年(2005)秋の倉賀野神社七百五十年祭を機に復活し、以降春秋例大祭に奉納されているそうです。

伝統芸能の継承が難しい時代、永く続いていってほしいと思います。


【天下一角兵衛田子屋の獅子史跡看板】






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この記事へのコメント
伝統を継承するのは、大変ですね。
PCやゲームの世代の方は
練習にも参加しないのでは?


史跡散歩は、勉強になりますね。
Posted by wasada49  at 2017年07月04日 10:53
>wasada49さん

はい、勉強させてもらってます。

子どもたちもけっこう楽しんでるみたいですよ。
非日常性が、楽しいんじゃないでしょうか。
きっといい思い出になるでしょうし、世代間のつながりもできて、いいことだと思います。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2017年07月04日 21:12
「田子屋」という地名、かわっていますね。

写真を見ると、獅子頭もたてがみ(羽根飾り)も立派です。しっかり保存されている感じです。
曲目も随分多く残されていて、「天下一角兵衛」獅子が末永く伝えていってほしいですね。
Posted by 風子風子  at 2017年07月06日 09:58
>風子さん

倉賀野には、「田屋町」という所もあります。
「田子屋」はもしかすると、「田屋町」から分かれたのかなぁ。(わかりませんが)

郷土芸能っていいもんですよね。
テレビで郷土芸能の稽古をしている若者の姿を見ると、かっこいいなぁって思います。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2017年07月06日 16:25
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