井野町には、三ヶ所に史跡看板が建ちました。
まず前橋街道を北へ向かい、井野橋手前を左に折れて120m、井野川沿いにある「井野神社」です。
史跡看板は、社殿の前に建っています。
大幹が折れて社殿を潰したという大銀杏の樹が、空っ風の吹く青空に向かってがっしりと立っています。
潰された社殿は、樹の向こう側の公民館のとこに建っていたらしいです。
次の史跡「井野弁財天」へ行きましょう。
なるべく旧道らしき道を辿って、1km弱のお散歩です。
「弁財天入口」の小さな看板を見逃さないように。
弁天堂を包むように水を湛える池の水は、湧水なんだそうです。
桜の木もたくさんあって、花の時期はさぞかし素敵でしょう。
看板の文中、「井野」という地名は「泉の湧く野」から来ているとありますが、この地を流れる「井野川」についてはこんな伝説があるようです。
伝説や昔話の本にも見あたりませんし、おいのさんという娘がいたという龍門寺さんにもお聞きしたのですが、そのような話は伝わっていないといいます。
現在の井野川は河川改修によって川筋も緩やかになりましたが、昔の井野川は激しく蛇行していました。
その蛇行する姿は、たしかに龍を連想させます。
「井野川」は、「猪ノ川」とも書かれるように、昔から暴れ川です。
そんなことから、流域のどこかで、そんな伝説が生まれたのでしょう。
さて、3つ目の史跡「井野町猿田彦大神」へ向かいます。
「井野弁財天」から300m弱の所にあります。
社殿の隣には、沢山の庚申塔が祀られています。
井野町は、昔ながらの旧道や旧家、石造物などがけっこう残っていて、散策するにはなかなか面白い町でありました。
まず前橋街道を北へ向かい、井野橋手前を左に折れて120m、井野川沿いにある「井野神社」です。
史跡看板は、社殿の前に建っています。
大幹が折れて社殿を潰したという大銀杏の樹が、空っ風の吹く青空に向かってがっしりと立っています。
潰された社殿は、樹の向こう側の公民館のとこに建っていたらしいです。
次の史跡「井野弁財天」へ行きましょう。
なるべく旧道らしき道を辿って、1km弱のお散歩です。
「弁財天入口」の小さな看板を見逃さないように。
弁天堂を包むように水を湛える池の水は、湧水なんだそうです。
桜の木もたくさんあって、花の時期はさぞかし素敵でしょう。
看板の文中、「井野」という地名は「泉の湧く野」から来ているとありますが、この地を流れる「井野川」についてはこんな伝説があるようです。
「 | 榛名山中腹箕輪の龍門寺(井野川の水源付近)の娘おいのは、実は龍の化身であった。 |
ふとした不注意から自分の本性を見られてしまったおいのは、突如として龍に変身して荒れ狂った。 | |
この龍の姿がそのまま川になったのが”いの川”であるという。」 |
(高崎の散歩道 第五集)
ところが、この伝説の出どころがどうも分かりません。伝説や昔話の本にも見あたりませんし、おいのさんという娘がいたという龍門寺さんにもお聞きしたのですが、そのような話は伝わっていないといいます。
現在の井野川は河川改修によって川筋も緩やかになりましたが、昔の井野川は激しく蛇行していました。
その蛇行する姿は、たしかに龍を連想させます。
「井野川」は、「猪ノ川」とも書かれるように、昔から暴れ川です。
そんなことから、流域のどこかで、そんな伝説が生まれたのでしょう。
さて、3つ目の史跡「井野町猿田彦大神」へ向かいます。
「井野弁財天」から300m弱の所にあります。
社殿の隣には、沢山の庚申塔が祀られています。
井野町は、昔ながらの旧道や旧家、石造物などがけっこう残っていて、散策するにはなかなか面白い町でありました。
【井野神社】
【井野弁財天・猿田彦大神】