2009年03月15日

飯盛女の心意気

倉賀野神社の社殿前に、石製の常夜燈が2基建っている。

神社入口の説明看板によると、この常夜燈は、倉賀野宿の旅籠「三國屋」「つね」という飯盛女が寄進したものだという。

常夜燈を寄進できるほど稼ぐ飯盛女とは、さぞかし別嬪な、No.1ホステスだったに違いない。

倉賀野神社には、やはり飯盛女たちが寄進したという石玉垣が残っている。
寄進をした飯盛女の名前が刻まれているが、彼女達もトップホステスだったのであろう。


倉賀野宿飯盛女たちの働きで栄えた宿場町だった、と言っても過言ではなかろう。

その飯盛女たちの信仰を集めていたのが、「冠稲荷(かんむりいなり)」である。
倉賀野神社境内の一角にある。

だが、実際に飯盛女たちが拝んでいたのは、ここにある「冠稲荷」ではない。
ここの「冠稲荷」は、社寺廃合令により明治42年(1909)、横町から倉賀野神社に合併されたものである。


昔は堀川だった、「太鼓橋」下の小道を南に行くと、民家へ入ってしまいそうな石段がある。

そこを上がったところにあるのが元の「冠稲荷」だ。

明治42年、倉賀野神社に合併された時に、ここにあった社殿は前橋川曲町諏訪神社に売られ、常夜燈石玉垣倉賀野神社に移築された。

売られたはずの社殿が何故ここにあるかというのは、面白い話が伝わっている。

「冠稲荷」倉賀野神社に移ってからというもの、町の人の夢枕にお稲荷さんが出てきては「元の場所に戻りたい・・・」と泣くのだそうだ。
どういう訳か、お稲荷さんというのはホームシックにかかりやすいらしい。(「稲荷横丁」のお稲荷さんもそうだった。)

そこで、町内の人たちが昭和11年に、ここに社殿を建て直したという。
全国にお稲荷さんは数あれど、別荘を持っているリッチなお稲荷さんは、そうはいないだろう。

そういえば、江戸時代の高級遊女を「おいらん」と言う。
「タヌキやキツネは尾を使って人を化かすが、
      遊女が化かすにゃ尾は要らん。」
というのが語源だそうだ。
ま、落語の中の話なので当てにはならない。

ともあれ、身を売って、死んでも故郷に帰れぬ境遇ながら、
文字通り身銭を切って寄進した飯盛女
その心意気や如何!
翻って我が身を見れば、いまだ「足るを知る」の境地にあらず。
恥ずかしきかな、恥ずかしきかな。

【倉賀野神社】


【横町の冠稲荷】


同じカテゴリー(倉賀野)の記事画像
史跡看板散歩-112 旧中山道「左道通行」道標
幸運を呼ぶ道標 「左道通行」(3)
史跡看板散歩-64 一本杉
史跡看板散歩-63 倉賀野下町の諏訪神社
史跡看板散歩-62 新堤
史跡看板散歩-61 北向道祖神
同じカテゴリー(倉賀野)の記事
 史跡看板散歩-112 旧中山道「左道通行」道標 (2018-10-21 07:05)
 幸運を呼ぶ道標 「左道通行」(3) (2017-10-15 07:26)
 史跡看板散歩-64 一本杉 (2017-10-01 07:45)
 史跡看板散歩-63 倉賀野下町の諏訪神社 (2017-09-23 06:11)
 史跡看板散歩-62 新堤 (2017-09-17 07:11)
 史跡看板散歩-61 北向道祖神 (2017-09-10 07:26)

Posted by 迷道院高崎 at 23:40
Comments(7)倉賀野
この記事へのトラックバック


前にも記事UPしている(クリック!)が、倉賀野神社は覗きがいある神社。

覗きがいある・・・というのは変な表現だけど、建物の立派さと...
土師神社に行く前に、倉賀野神社ぶらり#1【お散歩趣味 】at2009年10月19日 22:58
この記事へのコメント
今度キャバクラに行ったら「君の稼いだお金の一部を地域の為に使ってみない?」なんて言ってみようかな。
きっと変な人としか思われないでしょうね・・・。
まあ、キャバクラなんて行く暇無いけど・・・。
Posted by 弥乃助弥乃助  at 2009年03月16日 06:24
>弥乃助さん

私、キャバクラって一度も行ったことないんですけど、飯盛女がいるところなんですか?
それとも、茶場「倉賀野」の略ですか?
って、カマトトもいいとこですよね。失礼!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2009年03月16日 09:52
>茶場「倉賀野」

「チャバクラ」ですか・・・・

〇X△ギャグ冴えてますね(笑)。

>文字通り身銭を切って寄進した飯盛女。

ついぞ昨日のことです。
たった100年ほど前のことです・・・・・

この分だと、僕らの時代は歴史に残りませんね(笑)。
Posted by 昭和24歳昭和24歳  at 2009年03月16日 10:00
>昭和24歳さん

いや、歴史に残ると思いますよ。
ただ、「日本を滅茶苦茶にした世代」という名では、残りたくないですよね。

ちっちゃなことですが、せめてブログには、団塊の中に、こんな人間もいたんだという証を残しておきたいと思っています。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2009年03月16日 14:55
>いや、歴史に残ると思いますよ。

そうです残ります。

朝令暮改が信条の僕です・・・・・
Posted by 昭和24歳昭和24歳  at 2009年03月16日 15:57
お久しぶりです。お散歩趣味です。
10/18に倉賀野神社に行きました。
迷道院隠士の当記事にリンクを張らせていただきました。
T/Bしたのですが、なぜかうまくいかず・・・(^_^;) 
コメントにてご一報まで。

当方、時折倉賀野周辺にも出没しておりますので、ますますのお導き-ご案内を楽しみにしております。

         夢寅 拝
Posted by 夢寅  at 2009年10月20日 21:06
>夢寅さん

いやー、お久しぶりでした!
トラックバックして頂き、ありがとうございました。

ちょっと留守をしていて、承認作業が遅れてしまったのです。
本当に申し訳ありませんでした。

夢寅さんのブログにご紹介頂き、光栄至極です!
倉賀野、面白い町ですよね。
私、大好きです!

これからもよろしくお願い申し上げます。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2009年10月22日 20:49
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
飯盛女の心意気
    コメント(7)