2015年10月25日

駅から遠足 観音山(53)

今日は、白衣大観音原型の作者・森村酉三氏のお話です。

森村酉三氏については、このシリーズ第38話に書いたように矢島八郎翁銅像の作者でもあり、観音山には縁の深い人物です。

また、森村酉三氏と白衣大観音のことについては、もう6年も前に「観音さまの縁結び」という題で記事にしています。

もう、これ以上何を書くのかという感じですが、7月28日の上毛新聞「三山春秋」に面白い話が載っていましたので、これに絡んだお話を少し。


作家・江戸川乱歩森村酉三は、東京池袋で隣り合わせに住んでいたというんです。
このシリーズ第48話で、作家の松村梢風白衣大観音を酷評した時、酉三の妻・寿々(すず)さんが梢風の家に捻じ込みに行くのに、江戸川乱歩の紹介状を持っていったというエピソードをご紹介しましたが、そういうことだったんですね。

で、乱歩の「少年探偵団」を読み直してみました。

東京世田谷の淋しい住宅地にある一軒の洋館。
明智小五郎に正体を見破られた、洋館の主人・春木こと怪人二十面相は、二階の窓から黒い軽気球に乗って夜の空へ逃走します。

翌朝、熊谷市付近で黒い風船のようなものが群馬県の方へ飛び去るのを、人々が目撃します。
その報せを受けた新聞社のヘリコプター4台が、熊谷高崎の中間位のところで気球に追いつき取り囲みます。

この後は、原文によってご堪能頂きましょう。

やがて、高崎市の近くにさしかかったとき、とうとう二十面相のうんのつきがきました。黒い気球はとつぜん浮力をうしなったように、みるみる下降をはじめたのです。
気球のどこかがやぶれて、ガスがもれているようです。おお、ごらんなさい。今まではりきっていた黒い気球に、少しずつしわがふえていくではありませんか。
おそろしい光景でした。一分、二分、三分、しわは刻一刻とふえていき、気球はゴムまりをおしつぶしたような形にかわってしまいました。
風が強いものですから、下降しながらも、高崎市の方角へ吹きつけられていきます。四台のヘリコプターは、それにつれて、かじを下に向けながら、ひし形の陣形をみだしませんでした。

高崎の丘の上には、コンクリート造りの巨大な観音像が、雲をつくばかりにそびえています。その前の広場にも、奇怪な空のページェントを見物するために、多くの人がむらがっていたのですが、その人々は、どんな冒険映画にも例のないような、胸のドキドキする光景を見ることができました。
晴れわたった青空を、急降下してくる四台のヘリコプター、その先頭には、しわくちゃになったまっ黒な怪物が、もうまったく浮力をうしなって、ひじょうな速力で地上へとついらくしてくるのです。
傷ついた軽気球は、大観音像の頭の上にせまりました。サーッと吹きすぎる風に、しわくちゃの気球が、いまにも観音さまのお顔に巻きつきそうに見えました。
「ワーッ、ワーッ」というさけび声が、地上の群衆の中からわきおこります。

気球は観音さまのお顔をなで、胸をこすって、黒い怪鳥のように、地面へと舞いくだってきました。そして、また、「ワーッ」とさけびながらあとじさりする群衆の前に、横なぐりに吹きつけられて、とうとう黒いむくろをさらしたのでした。
軽気球のかごは、横だおしになって地面に落ち、風に吹かれるやぶれ気球のために、ズルズルと五十メートルほども引きずられて、やっと止まりました。中のふたりはかごといっしょにたおれたまま、気をうしなったのか、いつまでたっても起きあがるようすさえ見えません。」

駆け付けた警官が二人を抱き起そうとすると、それは蠟細工の人形だった、という展開なんですが・・・。

建立後一年の白衣大観音を新作の小説に取り入れたというのも、酉三と隣人同士のよしみならではのことです。

ところで、この話で思い出したことがあります。
白衣大観音が、あのゴジラ映画に出演していたかも知れないという、わりと有名な話です。

昭和三十七年(1962)公開の東宝映画「キングコング対ゴジラ」の劇中に「ゴジラは8時30分、高崎付近を通過!」というセリフがあり、スチール写真も残されているのに、なぜか本編での映像はボツになっているという話です。
(写真は、勇さんのブログ「怪獣爆裂地帯!!」より)

これについて、慈眼院のご住職はこんなことを仰ってます。
さすがのゴジラも観音さまのご威光を恐れて壊さずに通り過ぎたので、現在観音さまは無事に建立79周年の美しいお姿で佇んでいらっしゃるのです。
もしかしたら合掌して頭を下げていったかもしれません。」

なるほど。

あ、すっかり森村酉三氏から話が逸れてしまいました。
次回、もう一度ご登場願いましょう。





同じカテゴリー(◆高崎探訪)の記事画像
史跡看板散歩-109 頌徳三碑
史跡看板散歩-108 辛科神社禊殿
史跡看板散歩-107 弥勒寺の応処斎
史跡看板散歩-106 仁叟寺の応処斎
史跡看板散歩-105 辛科神社
史跡看板散歩-104 横尾応処斎渕臨の墓碑
同じカテゴリー(◆高崎探訪)の記事
 史跡看板散歩-109 頌徳三碑 (2018-09-16 06:58)
 史跡看板散歩-108 辛科神社禊殿 (2018-09-09 07:25)
 史跡看板散歩-107 弥勒寺の応処斎 (2018-09-02 07:14)
 史跡看板散歩-106 仁叟寺の応処斎 (2018-08-26 09:56)
 史跡看板散歩-105 辛科神社 (2018-08-19 07:35)
 史跡看板散歩-104 横尾応処斎渕臨の墓碑 (2018-08-12 07:27)

この記事へのコメント
江戸川乱歩の『少年探偵団』ですか・・・懐かしいー!
小学生の頃、図書館で借りて読んだことを思い出しました。
白衣観音がゴジラ映画に出演したかもしれないというのも、楽しい想像をかきたててくれますね。
森村西三さんが江戸川乱歩と隣同士だったというエピソードも、、漫画家集団が住んでいた「トキワ荘」みたいで、面白いです^^。
Posted by 風子風子  at 2015年10月26日 08:32
>風子さん

ほー、女の子も「少年探偵団」読んだんですね。
私たちは、少年探偵団の団員が持っているという「探偵手帳」とか「BDバッジ」なんてのが欲しくって、よく懸賞に応募してました。
もっとも、その頃からくじ運は悪かったので当たりませんでしたけどね(T_T)
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2015年10月26日 20:26
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
駅から遠足 観音山(53)
    コメント(2)