2015年05月24日

駅から遠足 観音山(33)

「清水の舞台」と呼ばれる楼門の手前で、カクンッと石段の勾配がきつくなっているのが分かるでしょうか。









昭和二年(1927)発行の「高崎市史」に掲載されている写真では、ずっと上まで同じ勾配で石段が続いています。

ここが勾配の変わる地点ですが、ここから石段の材質が変わり、一段の高さもやや高くなります。




さらに上ると、また材質が変わり、もっと高い二段が・・・。
大概の人は、ここを上がって「ふーっ」と大きく息を吐くことになります。

上がってみると、道が横切っています。

石段の途中から勾配が急になったのは、実はこの道のせいで、この辺の経緯は、過去記事「幸福になれる石段」に書いてあります。

さ、あと一頑張りで「観音堂」に到着です。


お賽銭を上げたら、「観音堂」の後ろへ回ってみましょう。

「千手堂」という額が掛けられているので、清水寺のご本尊・千手観音がここにいらっしゃると思う人もいるようです。→








←ここにいらっしゃるのは愛染明王で、ご住職の仰るには、ここでご本尊の後方を守ってらっしゃるのだそうです。

ものの本によると、愛染明王「煩悩と愛欲は人間の本能でありこれを断ずることは出来ない、むしろこの本能そのものを向上心に変換して仏道を歩ませる。」とする功徳を持っているそうです。
そして、愛欲を否定しないことから、古くは遊女、現在では水商売の女性の信仰対象にもなっている。
また、「愛染=藍染」と解釈し、染物・織物職人の守護神としても信仰されている。
ということです。

いま榛名神社がパワースポットとして若い方々に大人気だそうです。
でも、「幸福への石段」を上り、清水の「千手観音」に広大無限のお慈悲を頂き、「愛染明王」が愛の成就をお手伝いしてくださるという、ここ清水寺こそ最強の「恋愛成就パワースポット」じゃないかと思うのですが、いかがでしょうか。

さらに白衣大観音、その背にある光音堂「一願観音」と組み合わせれば、観音山全体が「恋愛成就パワースポット」になります。
このご利益にあやからない手はないと思うのですが、観光課、観光協会、地元出身議員の方々、そして地元民の皆様は、どのようにお考えでしょうか。

さて、次回も清水寺からのお話です。
では、また。





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この記事へのコメント
この坂はきついですよね。
歩幅も狭く登りづらい。
一発で筋肉痛になりました。

昨日、飯盛女の記事を読ませて貰いました。

どこの宿もあるんでしょうが倉賀野宿にもあるとは思っていませんでした。

時代がそうだと言えばそれまでなんですけどなんか切なくやりきれない。

年端のいかない子女たちは家のために故郷も帰れずそれを承知を覚悟して
来たかと思うと涙が出ます。

又、それを送り出す親の気持ちも本当に辛かったと思います。
Posted by よよよい  at 2015年05月24日 12:01
>よよよいさん

コメントありがとうございます!

清水寺の石段で筋肉痛になられましたか。
お疲れさまでございました。
山上の商店街の方にお聞きすると、「子供の頃は毎日石段を上り下りして学校に通ってたんさね。」と仰います。
昔はそうだったんですね。

飯盛女の件も、昔はそうだったんですね。
今も性風俗に身を置く女性はいますが、年齢が違いすぎますよね。
確かに、親もつらかったと思います。
今は良い世の中になったんでしょうか、それともあまり変わってないんでしょうか。
複雑な思いです。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2015年05月24日 18:17
観音堂の後ろ側は廻って見たことがあります。
色あせた奉納額や絵馬があったように気憶しています。清水寺はアジサイの時期がいいですね。

にぎわった宿場は、旅籠の数が多いほど飯盛女の人数も多かったようですが、元宿場近くのお寺には、そういう女性達の小さな墓石が残されています。
また、彼女達の信仰により奉納された石碑などを見ると、過酷な立場におかれていた女性達の哀しみを感じ、手を合わさずにはいられません。
Posted by 風子風子  at 2015年05月25日 09:15
>風子さん

さすが風子さん!
ちゃんとお堂の裏までチェックされてるんですね。
そうそう、これからアジサイ寺になります。

高崎宿は飯盛女を置くことが禁止されてましたから、隣の倉賀野宿や板鼻宿に宿泊する旅人も多かったようですね。
彼女たちが亡くなった時は、故郷へ運ぶこともできない時代ですから、墓石を建ててもらえるのはまだいい方で、ほとんどは無縁仏で記憶からも消えていってしまうんでしょうね。
合掌。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2015年05月25日 18:51
観音山のパワースポット化。。。。名案だと思います。

私の住む飯田橋近くにある、東京のお伊勢さんとも言われる「東京大神宮」は、恋愛成就のパワースポットとして若い女性にはつとに有名の様で、平日でも参拝客が途切れる事はありませんし、土日ともなると飯田橋駅を降りる女性が大勢います(初詣は何時間も並びますから余程の根性がないと行けません)。

5月初めの連休中に母を連れて白衣観音にお参りに行きましたが、参道の寂れ方が毎年ひどくなっている様で、今後を心配してしまいます。

清水寺の楼門と言えば、高校の卒業アルバムのクラス写真を楼門の真下に並んで撮ったことを思いだし、ひっぱり出したところ、学ランに下駄ばきで、担任の隣に座っている40年前の私がいました(笑)
Posted by キレイズキ  at 2015年05月27日 11:03
>キレイズキさん

ほほー、当時はバンカラ学生だった訳ですね(^.^)

観音山パワースポット化案、いいでしょ?
ただ、私の入れ歯の歯ぎしりだけじゃ、ダメです。
地元や観光課、観光協会などが示し合わせて、新聞やテレビにそう言わせてしまえば、段々そうなっていくと思うんですけど。
そういう仕掛け人が欲しいですね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2015年05月27日 20:03
迷道院さんの仰る通り、タウン誌でも駅のPR誌でも、FM群馬の様なローカルFMでも何でもよいので、縁結びにご利益があり、二人で詣でたら結ばれた人が多いとかなんとか言わせてしまえばこっちのものだと思うんですがねェ・・・

あの辺りだと、駐車場が無いと不便ですし、観音山山頂に車を置いて・・というのも大変ですから、その辺もクリアできないと難しいでしょうか。

カッパピア跡は公園として整備されているようですが、そうなるとそれと一緒に恋愛・縁結びのパワースポットとして売り出せれば未来は明るい様な気もしますね。
Posted by キレイズキ  at 2015年05月28日 16:36
>キレイズキさん

ご賛同、ありがとうございます!
白衣大観音は、なんだかんだ言っても「赤い糸祈願祭」の仕掛けで、若いカップルが来るようになったんですよね。
清水寺ではほとんど見かけません。
セットでPRする必要がありますね。

カッパピア跡地がどうなるか、期待したいところですが。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2015年05月29日 05:46
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