2009年02月16日

コロボックルは高崎にいた

石原町「小祝(おぼり)神社」は、安産の神様として知られている。

妊娠した女性は、戌の日にこの神社へお参りして腹帯を借り、無事出産したら新しい腹帯を添えて返す習わしがある。
私と妻も、そうやって二人の丈夫な子供を授かった。

「小祝神社」の創建がいつかは定かでないようだが、平安時代の延長5年(927年)の延喜式神名帳に記載されているというから、少なくとも千年以上は経っている由緒ある神社である。

その神名帳によると、上野(こうづけ)十二社の第七社に位している格の高い神社だ。
そして、祭神は「少彦名命」(すくなひこなのみこと)である。
このことが、古代のロマン溢れる話を空想させる。

日本神話で、「大国主命」(おおくにぬしのみこと)が国造りをしたことは有名な話である。
その時、半島からやってきて協力したのが「少彦名命」だと言われている。
農耕の神様ということから、万物を産む→安産の神様となったのであろう。

「少彦名命」はとても小さな神様で、ガガイモの実の舟に乗ってやってきたという。
そこから、一寸法師のモデルとも言われている。

「大国主命」と国造りに励んでいた「少彦名命」だが、ちょっとした意見の相違が生じたようで、ある日、粟の茎に登って常世の国(とこよのくに)に弾き飛んで行ったそうである。

アイヌ神話には、コロボックルという小さな神様が登場するが、これが実は「少彦名命」ではないかという説もある。

佐藤さとる氏著「だれも知らない小さな国」は、現代にコロボックル達が登場し、少年と一緒に住み処の小山を守るというファンタジー小説である。

小説の中では、この小人たちを「小法師(こぼし)さま」と呼んでいる。
何となく「小祝(おぼり)さま」に似ている。

さて、ここで思い出してほしいことがある。
観音山清水寺は、坂上田村麻呂が蝦夷征伐の途中で、この地に京都の観音様を勧請して開基したと言われていることだ。

古代の群馬県は、「毛の国」(けのくに)と呼ばれていたことから、体毛の濃い民族が住んでいたという説がある。
体毛が濃いのはアイヌ民族の特徴でもあるので、古代の群馬県人はアイヌ民族だったのではないかという。
とすれば高崎アイヌ民族が住んでいたとしても不思議はない。
その民族の信仰する神様が「小祝神社」だったのではないだろうか。

いや、もしかするとコロボックルそのものが、この地に住んでいたのかも知れない。
ある日、その民族が田村麻呂によって土地を追われ、「常世の国」(北海道)まで移動していったとは考えられないだろうか。

そう、
 コロボックルは高崎にいたのである!
    観音山の山麓は
      コロボックル達の住む
        「小人の国」だったのだ!


【小祝神社】


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この記事へのコメント
いや~歴史はロマンですよね。
はっきりした史実がわからなければ想像する。
それが歴史のおもしろさですよね。

坂上田村麻呂は蝦夷征伐の戦死者を弔う為に清水寺を建てた。
そして、蝦夷征伐で亡くなってしまった毛の国の原住民であったアイヌ民族を弔う為に供養する為の施設を建てた。
それが後の小祝神社。
どうでしょう?
Posted by 弥乃助弥乃助  at 2009年02月17日 20:48
僕は帯広あたりではよく「アイヌ」に間違われました。体毛はないのですが眉毛とヒゲが真っ黒で髪の毛が茶色で(笑)。
そうですね、このあたりは「アイヌ」の土地だったのかも知れません・・・・・
以前も書いたかも知れませんが「伊香保」も「イカホップ」で「湯の湧き出るところ」とかのことのようです。
Posted by 昭和24歳昭和24歳  at 2009年02月17日 20:57
>弥乃助さん

ご明察の通り!
なんか、つながってるんですよ!
面白いなー!って思ってます。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2009年02月17日 22:11
>昭和24歳さん

以前ブログでそんな事を書いてましたよね。
この記事を書きながら、思い出してました。

確かに、この辺にはアイヌ語が残ってるんですよ。
乗附もそうらしいです。
アイヌ語では「野の果て」を意味してるらしいです。
乗附は平らな野が終わって山にぶつかるところですからね。

いつか、記事にしてみようと思っています。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2009年02月17日 22:24
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