2014年06月01日

例幣使街道 寄道散歩(11)

例幣使街道寄道散歩、だいぶ間が空いてしまいました。
八幡原「若宮八幡」からです。

「上野国神社明細帳」による「八幡原若宮神社」の由緒です。

建久年間(1190~1198)右大将頼朝卿当国ヲ巡行ノ時当地ニ御在留有之節八幡社ヲ創立シ鎌倉本社ノ分社ト為セシト云フ」

800年以上も前に源頼朝がここに来た時に創建したというんですから、すごい由緒です。
ほんとかなぁ?という感じですが、昭和五十九年(1984)発行「瀧川村誌」「八幡原 若宮八幡宮」の項には、こんな記述があります。

往古此の土地は、上野国守護安達遠(藤)九郎盛長の館跡と云われ、南は烏川の絶壁を擁し西は井野川を構え、東北は土堤を周らし、西に近く中山道を控え要がいの地となっている。
其の昔、建久年間右大将源頼朝郷(卿)当国御巡行の途、当地に御任留になり、此の里に八幡宮を勧請し、鎌倉本社の分社としたということである。
当村原田新左衛門なるもの宮守となり、地所の所得を以て、祭典費及び修繕費に充てて来たが、明治三年岩鼻県が、管轄するようになり、上知するところとなった。」

ここに出てくる「安達藤九郎盛長」という人は保延元年(1135)の生まれで、上野国守護(奉行人)に就任したのは平安時代末期の元暦元年(1184)頃だそうです。
源頼朝の乳母である比企尼の長女・丹後内侍を妻とし、頼朝の信頼も厚かった藤九郎は、建久十年(1199)に頼朝が亡くなると出家し、その翌年の正治二年(1200)に頼朝を追うようにこの世を去っています。

こう見てくると、「上野国神社明細帳」の由緒に書かれている話も、「瀧川村誌」に書かれている話も、まんざら嘘でもないような気がします。

頼朝自身が創建したというのは疑わしいとしても、頼朝が腹心・藤九郎の治めるこの地を訪れ、藤九郎が主君・頼朝を迎えるにあたり、鎌倉所縁の「若宮八幡宮」を勧請・創建したということならば、それほど無理のある話ではないでしょう。
「八幡原」という地名も、「鎌倉坂」という呼び名も、きっとそういうことなのでしょう。

安達藤九郎盛長の館跡とされる「八幡原城址」の図が、古城塁研究家・山崎一氏により描かれています。

山崎氏は、「戦国中期以前の築城であろう。」と記しています。

今は関越自動車道が通り、ずいぶん様子が変わってしまいましたが、昭和四年(1929)の地図で見ると、「八幡原城」がどの辺にあったか見当が付きます。

「若宮八幡」は左上の位置ですから、けっこう離れた場所であることも分かります。
もっとも、昔の人やこの辺の人にとっては、「わきゃねえ。」距離なんでしょうが。

さて、だいぶ例幣使街道から離れてしまいました。
戻ることにいたしましょう。





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この記事へのコメント
お寺では開基したのは実際には2世の方で、開山はそのお師匠さんにすることがよくあるそうです。
そうすることによってお寺の格式を上げるんだとか。
この話は高崎由来の某お寺のご住職のお話です。
まあ源頼朝が創建した方が聞こえもロマンもあっていいですけどね。
あ、案外全国の弘法大師伝説もそうなんですかねぇ?
Posted by 弥乃助弥乃助  at 2014年06月01日 17:28
>弥乃助さん

ほほー、お寺さんもそういうもんなんですか。
高崎にも頼朝伝説や弘法大師伝説は各地にあるようですから、そうなんでしょうね。
ちょっとした人の系図なんかでも、祖先は平氏だ源氏だというのがありますしね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2014年06月01日 20:31
弘法大師は全国至る所で奇跡をおこしたという伝説がありますが、諸国行脚の別人が名を騙ったかもしれないし、杖をさしたら木になった、水が出てきたという似たような逸話も、当時人気があった有名人が行ったことにした方がインパクトがあるという見方があるようです。
これらの伝説がつくられたのは近世、という説もあります^^。
Posted by 風子風子  at 2014年06月03日 05:45
>風子さん

ほんとに、全国各地いたる所に弘法伝説はありますよね。
「弘法、土地を選ばず」でしょうか。
いかにもそんな馬鹿なって話ばかりで、「弘法も伝説の誤り」なーんちゃって。

でも、そんな伝説も信じたくなる今の世の中です。
「34丁目の奇跡」みたいに、出て来てくれませんかね、弘法大師。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2014年06月03日 12:51
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