2014年04月24日

例幣使街道 寄道散歩(7)

久しぶりに大風邪を引いてしまいまして、いやー、参った参った。
やっと、ブログを書く気力が戻ってきました。

前回は、綿貫町の信号まで来たところでした。

今日は、この信号を右折して玉村方面へ向かいます。





右折して80mほど行ったところに、いかにも古そうなコンクリートの柵があります。→






その傍に、よく見ると「陸軍用」と彫られた杭があります。

たぶん「陸軍用地」で、旧陸軍岩鼻火薬製造所の境界地を示す杭なんでしょうね。
よく残っていたものです。

また25mほど行って道路の反対側をみると、一見、造成中の道路のように見える空き地があります。

これが実は、昭和二十年(1945)に廃線となった「岩鼻軽便鉄道」の線路跡なんです。

「岩鼻軽便鉄道」は、旧陸軍岩鼻火薬製造所でつくった火薬を、倉賀野駅まで運ぶ専用鉄道でした。
もう大分前ですが、「銀河鉄道?」という題で記事にしたことがあります。

前回掲載した、昭和三十年(1955)の航空写真をもう一度見てみましょう。

左下からカーブを描いて原研の敷地境界線に接しているのが、「岩鼻軽便鉄道」の廃線跡です。

その先に、何となく一本のラインがあるように見えますが、おそらくこれが火薬製造所への引き込み線の痕跡でしょう。

また300mほど行くと、小さな石祠がひとつだけぽつんとあって、何だか気になります。

どこかの屋敷稲荷だったのか、それとも何か謂れのあるものなのか、コップが置いてあるので今でも誰かがお世話をしているようですが。

そのすぐ先にあるのが、「綿貫不動尊」です。







もともとは古墳で、「不動山古墳」という名前が付いているようです。


石段を上がってお堂の裏に回ると、この古墳に葬られていた誰かの、石の棺が置かれています。

その人も、まさか自分の棺がほじくり出されて晒し物になるとは、夢にも思っていなかったでしょうね。





石段を降りると、麓に板碑が建っています。

うーん、「馬頭尊」・・・かな?





その後ろには、満開の椿の花に埋もれるようにお地蔵様が座ってました。

「綿貫不動尊」から400mほどで、群馬の森の北入口です。
病み上がりの身なので、今日はここまでといたしましょう。

みなさんも、風邪にはお気を付けて。
では、ごきげんよう。


【綿貫不動尊】







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この記事へのコメント
おじやんは、風邪「ふうぜ」を弾?けない。
うましかだから!!
でも、岩鼻軽便鉄道には、乗りたかったです。

モシカシテ、自分も棺がほじくり出されるか?×

此の後、この先に上州岩鼻駅へ?

楽しみに待ってますよ、
Posted by wasada49  at 2014年04月24日 22:01
>wasada49さん

この後は、いきなり鎌倉です(^_^)
お楽しみ頂けるかどうか・・・。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2014年04月25日 08:36
はじめまして。
私も岩鼻軽便鉄道について調べようと思ったことがあるのですが、
資料が少なくてよく分かりませんでした。
紹介してくださってありがとうございます。
Posted by 薫風  at 2014年04月25日 12:26
>薫風さん

コメント、ありがとうございます!

資料、あまりありませんね。
私は「新編高崎市史」を参考にしましたが、県立図書館へ行くと宮脇俊三氏著「岩鼻軽便鉄道」という本もあります。
ご参考になれば。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2014年04月25日 20:27
古い石の境界杭は全国的に結構残存しているようです。特に鉄道用地とか登記があまり変更されないような場所はよく見かけます。


花冷えが終わったと思ったら夏日になるような陽気です。くれぐれもお身体ご自愛下さい。


「ごきげんよう」… 
“花子とアン”ですね。
Posted by ふれあい街歩き  at 2014年04月26日 01:06
小高い丘だと思っていると実は古墳だったということが、しばしばあります。
寄道散歩はいろいろな物に巡り合えて、楽しいですね。

お元気になられてよかったです^^。
Posted by 風子風子  at 2014年04月26日 03:00
>ふれあい街歩きさん

半年ぶりに朝ドラ鑑賞再開しました。
いま、葉山蓮子様に魅了されてます(^_^)

「陸軍用地」の境界杭、結構残ってるんですか。
私が高崎で見たのは、ここと、岩鼻代官所の入り口と、元ぼうず山です。
探せばまだあるんでしょうね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2014年04月26日 09:05
>風子さん

古墳って、不思議な存在ですよね。
今となっては、ただの無縁墓なんですけど・・・。

リハビリがてら、寄道散歩楽しみます(^_^)
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2014年04月26日 09:41
原研の北側に
ネジを製造している会社がありますが
わたしの父はここに勤務していました。
自転車で通っていましたが
退職前は大変になったので
よく車で送迎したものでした。
懐かしい場所です。

あの空地が岩鼻軽便鉄道の跡とは
知りませんでした。
Posted by いちじん  at 2014年04月26日 16:29
>いちじんさん

あー、お父さんはあそこの会社にお勤めで。
そうでしたか。

廃線跡だと知ると、急に景色が違って見えるから不思議ですよね。
それが史蹟散歩の面白いところです。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2014年04月26日 20:05
お風邪大丈夫でしたか?
巷ではインフルエンザが流行っています。
お元気になられてよかったです。
毎日通る道ですが、
色んな歴史あとが残っているんですね。
Posted by ぼらぼらぼらぼら  at 2014年04月26日 23:21
>ぼらぼらさん

今度の風邪は、何だか今までと違って、えらくしつこいヤツでした。
それとも、歳かな(^_^)

歴史ある例幣使街道ですから、もっといろんな史跡が残ってていいはずなんですけど。
火薬所跡や軽便鉄道跡なんかも、大切な歴史遺産ですしね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2014年04月27日 07:48
こんにちは。風邪は大丈夫ですか?お見舞い申し上げます。

それにしても岩鼻軽便鉄道ですか。そんな鉄道があったんですね。たしかに綿貫の交差点付近の変なカーブの道は不思議に思っていました。地図を見るとたしかに倉賀野の貨物駅に繋がりますね。今度自分も改めて見に行ってみようと思います。

私の家の近所ですと里見軌道の遺構なんかがあって興味深いです。

http://blogs.yahoo.co.jp/sac_murakumo
Posted by SAC  at 2014年04月29日 15:08
>SACさん

ありがとうございます。
おかげさまで、すっかり良くなりました。

そうそう、里見軌道は廃線マニアの間では有名みたいですね。
私は板鼻にあるあのコンクリート柱が、その遺構だということをつい最近知りました。

岩鼻軽便鉄道もそうですが、ああいうところに何か説明看板が立っていてくれると、散歩が楽しくなるんですけどね。
他所からの旅人は、なおさらだと思います。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2014年04月29日 18:30
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