2009年02月09日

知られざる「観音山振興プラン」その3

29年前の「高崎市観音山観光診断に基づく提案レポート」の話、第三話。

レポートでは、観音山観光客数減少についてこのように指摘している。

------------------------
本来、観音像というものは、信仰の対象であって、物見遊山の対象物ではないのかも知れぬ。
しかし、もし、この白衣観音像を仮に物見遊山の対象物とすれば、そろそろ過去のものになってきたがゆえに、客数減少を見せているといえるかもしれぬ。

もっと極端な表現をするならば、そのスケールの大きさについても、現代人にはさほど驚異的なものではないし、頂上からの鳥瞰にしてもこれまた高層ビルや飛行機が一般化している今、それほど珍しいものではない。

それゆえ、訪れた人々には驚きも何も感じずに、むしろ「な~んだ、この程度のものか」的な感じを抱いて戻っていくのではないかと考えるのである。
いわば、「もう一度訪れてみよう」というリピーターが、ほとんど期待できぬということになる訳である。
これは、「観光要素」としてはまことに致命的なものである。

------------------------

(団体バスで訪れ20~30分で参拝して帰るという、物見遊山の対象から脱皮させるために、レポートでは「宿泊観光地化」の提案をしている。)

------------------------
今のところ、慈眼院一路堂白衣観音像は別々の存在にしか訪れる人々は感じまい。

やはり、観音像を参拝した後、慈眼院を訪れ本尊観音像に祈りをささげ、そして一路堂で馬場一路居士の遺墨に触れ、その庭園のたたづまいの中に憩う、その体験は感激的であるという環境づくりを行うべきであろう。


(上に出てくる「一路堂」をご存知ない方も多いかも知れない。
それもそのはずで、今は一般に開放されていない。馬場一路遺墨の展示もされていないと聞く。
入口の門は、ことによると目にしているかもしれない。
井上保三郎氏銅像に向かって左にある木戸がそうである。
「一路堂」はこの木戸を潜って中に入り、石段を降りたところにあるが、この木戸も今は鍵が掛かっていて入れない。
残念である。)

さらに、房(慈眼院)に一泊し、周辺の土産店街を散策し一夜を送る、というコースづくりも決して夢ではあるまい。
その時観音山から眺めた高崎の夜景、ここに山頂よりの景観が初めて「観光要素」として生きてくるのではあるまいか。

------------------------

(さらに、「宿泊観光地化」のツールとして「民宿」の経営を提案している。)

------------------------
土産店の内の何店かが、「民宿」的宿泊を行わせ得る可能性もあると考える。

「民宿」は時には、観光旅館以上の魅力を観光者に与え得ると思う。
いわば、旅館やホテルにありがちなまことに味気ない、時には慣れ過ぎた応対ではなく、素朴な人と人との触れ合い、語り合いが行われるところに、多くの人々を惹きつける魅力があるのである。

もし、観音山がこうした意味での素朴な民宿地帯になり得たら、そして団体バスの運んでくる瞬間的滞在客依存から脱皮し得たら、その効果は計りしれぬものがあろう。

------------------------

(そして、「民宿」化成功のアイデアを、なんと140項目も挙げているのである。
2、3拾ってみよう。)

------------------------
 ・民宿村入口に、村長の歓迎の言葉を掲示する。
 ・一年ごとに、有名人・文化人を民宿村村長に推薦し、ニュース価値を高める。
 ・交通機関として、馬または馬車などを起用し、民宿ムードを高める。


------------------------

この、溢れるようなアイデアの豊富さと柔軟な思考力を、現代高崎の企画者にも求めたいところである。

次回の第四話では、「観音山の土産店」への提案をご紹介する。


同じカテゴリー(観音山)の記事画像
駅から遠足 観音山(72)
駅から遠足 観音山(71)
駅から遠足 観音山(70)
駅から遠足 観音山(69)
高野山へ行ってきました(2)
高野山へ行ってきました(1)
同じカテゴリー(観音山)の記事
 駅から遠足 観音山(72) (2016-05-08 06:55)
 駅から遠足 観音山(71) (2016-05-01 07:11)
 駅から遠足 観音山(70) (2016-04-24 07:23)
 駅から遠足 観音山(69) (2016-04-17 07:17)
 高野山へ行ってきました(2) (2016-04-10 07:05)
 高野山へ行ってきました(1) (2016-04-03 07:10)

Posted by 迷道院高崎 at 08:41
Comments(4)観音山
この記事へのコメント
>この、溢れるようなアイデアの豊富さと柔軟な思考力を、現代高崎の企画者にも求めたいところである。

仰るとおりですね。権力者というか亡者は目先の利得ばかりに心眼奪われています。
やはり100年、200年後にどんなものを遺すか・・・・・
戦争のない平和な日本です、急ぎあわてることはありません。
知り合いにあそこに商うものがおりますが、高崎観光協会は一体何を考えているのか腹だたしさえ覚えます。「太田子供の国」なんて結構素敵なところですよ。娘たちを連れてもう3度も行きました。フェアリーランドが潰れてから。
子どもたちにとって、ディズニーランドもフェアリーランドも同じなんです。大人の思い込み。子どもの目線でもう一度“土木事業”のためのレジャー施設じゃあなくて、子どものための施設を高崎にもほしいものです。
因みに、前橋の遊園地も年に2、3回はせがまれていきます。飛行塔にもミニジェットコースターにも子どもたちは目を輝かせて興奮します。
Posted by 昭和24歳昭和24歳  at 2009年02月09日 15:03
>昭和24歳さん

前橋の児童公園、「ルナパーク」なんてしゃれた名前に変わってますけど、「日本一懐かしい遊園地」として全国的に有名になってるようですね。

変えないことの価値を、もっと認識しなくてはいけませんよね。特に、行政は。

変えなければいけないことは変えず、変えてはいけないことを変えてしまうのは、どういう感覚なんでしょうかねー?
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2009年02月09日 16:01
カッパピアが潰れたとき、跡地を霊園に出来ないかなと思いました。
観音様の麓の自然豊かな公園墓地。
特に都内の人向けに。
お爺さん、お婆さんが孫を連れて自然豊かな墓地でお墓参り。
お墓参りと一緒に別格本山慈眼院と観音様をお参り。
途中、参道で味噌おでんやところてんを食べたりして・・・。
都内では墓地が足らないと言いますし、高崎だったら東京から1時間。
家族にとってはお盆や彼岸の恒例行事。
どうでしょう?
まあ、石屋の考える事ですが・・・。
Posted by 弥乃助弥乃助  at 2009年02月09日 19:06
>弥乃助さん

なるほどー。
仏さんも静かな環境で、喜ぶでしょうね。
桜の季節なんか、抜群の環境ですし。

そういえば、清水寺の下に見晴らしのいい霊園がありましたよね。

前橋の峰公園みたいに、霊園でありながら四季折々の花が楽しめて、子どもの遊び場にもなってる所もあるくらいですから。

工夫次第で、いい観光地になると思いますよ。ぜったい!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2009年02月09日 20:18
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
知られざる「観音山振興プラン」その3
    コメント(4)