2009年02月01日

「観音さま」と、お金の話

「高崎白衣観音」は、井上保三郎氏が私財を投じて建立し、高崎市に寄付をしたというのは、よく知られている話である。

だが、「観音さま」にまつわるお金については、最後まで大変な苦労があったようだ。
まず、建設予定地の地価が俄かに高騰したという話は、「観音さまの足あと」に書いた通りである。

予定地買収で一番手こずったのは、肝心要の真ん中の土地を持つ地権者が、「先祖から受け継いだ大事な山を、井上の観音さまのために手放すことはできない。」と、頑として首を縦に振らなかったことだという。
それでも諦めずに、朝に晩に説得してやっと売る気になってくれたが、条件は「金じゃダメだ。高崎板紙会社(保三郎氏経営)の株と交換すべえ。」ということであった。
当時、2割配当を持続していたという優良株であり、まとまった売り株が無かったので、保三郎氏の所有株をもって充当したそうである。

次に保三郎氏の心を痛めさせたのが、世間の噂であった。
「さすが井上さんだ。観音さまをダシにして、金儲けをしようてんだからね!」
当時、大人10銭の胎内拝観料のことを言っているのである。
もとより、私腹を肥やす目的など持たない保三郎氏は、わざわざ人を雇って、毎日、拝観料を銀行に預け入れさせ、1銭たりとも他に流用のないことを明らかにしたという。

「観音さま」の開眼法要から2年後の昭和13年(1938年)、保三郎氏は「観音さま」と1万5千坪の土地と一緒に、約2年間の拝観料、そしてお賽銭のあがり全てを高崎市に寄付した。
当時、「観音さま」の建造費は約16万円、拝観料とお賽銭が約3千5百円ということである。
現在の拝観料が大人300円ということから単純計算すると、今なら約4億9千万円位になるであろうか。

晩年の保三郎氏が好んで揮毫した言葉がある。
「只是一誠」(ただこれいっせい)

  政治家、企業経営者など人の上に立つ人は勿論、
            我々一人ひとりが心すべき言葉である。


(参考図書:横田忠一郎氏著「高崎白衣大観音のしおり」 発行:あさを社)


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Posted by 迷道院高崎 at 14:12
Comments(2)観音山
この記事へのコメント
「只是一誠」
良い言葉ですね。
おいらの座右の銘リストに入れようかな。
Posted by 弥乃助弥乃助  at 2009年02月01日 20:46
> 弥乃助さん

「只是一誠」
なかなか難しいことですけど、こういう言葉を知ってるのと知らないのとでは、行動に差が出るように思います。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2009年02月02日 09:24
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「観音さま」と、お金の話
    コメント(2)