2013年11月17日

かみつけの 前髪おくれ毛 有卦に無卦

たしか、取っておいたはずだと思って、探し出しました。

同じ方が、ひと月後にまた投稿されています。

私がなぜこの方の投稿を切り抜いておいたかというと、箕輪城という史跡を通じて、井伊直政公とつながる彦根浜松と、実に価値のある交流をされていることに、とても感銘を受けたからです。

さらに、10月3日の投稿の中で、高崎市長の公用車のナンバーが、直政公が箕輪から高崎に移ってきた年と同じ「1598」であると紹介されていたことにも、驚きを感じました。
つねづね、高崎は歴史を大切にしない町だという印象を持っていたからです。

このことを思い出させたのは、最近のこの新聞記事でした。

前橋市は、来年の大河ドラマ「軍師官兵衛」で盛り上がる姫路市を表敬訪問し、双方の歴史に由来する樹木の苗木を交換して、歴史交流を図ったということです。
さらに、「8月に発足した歴史遺産活用委員会は、歴史文化を活かしたブランド力創出の柱に都市間連携を掲げている。」とあります。

よく、「天使の前髪をつかめ」という言葉を聞きます。
「天使に後ろ髪はないから、チャンスを逃すな。」ということだそうですが、前橋市は、まさに前髪をつかもうとしていると言えましょう。

冒頭に挙げた投稿の内容は、民々交流としては実に素晴らしいものだと思います。
しかし、わが高崎市は、その前髪をつかむ気はなかったように見受けます。

大河ドラマ「江」にも、「八重の桜」にも、高崎がつかむ前髪はありました。
世界遺産を目指す「富岡製糸場」にも、前髪はあります。

来年の大河ドラマ「軍師官兵衛」にだって、高崎分の前髪がない訳じゃありません。
同時代に生きた軍師・山本勘助の子孫は、明治維新の時まで高崎藩に仕えていたのですから。

さて、これから有卦に入るのは、前髪をつかむ前橋市か、おくれ毛すら見送る高崎市か。
黒田官兵衛山本勘助、その鍵を握っているのは優れた軍師の存在かも知れませんね。






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Posted by 迷道院高崎 at 09:36
Comments(8)願い
この記事へのコメント
高崎も旧藩領で見ると銚子市の他に新潟県燕市、埼玉県新座市、志木市と所縁があり、お殿様の縁では新潟県上越市、福島県いわき市、長野県松本市と多岐に繋がりがありますね。
Posted by ふれあい街歩き  at 2013年11月17日 23:19
>ふれあい街歩きさん

そうですよねー。
その気になれば、いろんな地域と歴史交流ができて、沢山の人が高崎を訪れてくれると思います。

みすみす見逃す手はないですよね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2013年11月18日 20:47
迷道院高崎さん


>その気になれば、いろんな地域と歴史交流ができ


丁度今日(平成25年11月18日)の上毛新聞のコラム「視点」に、前橋市の歴史交流の試みが紹介されておりました。
Posted by ふれあい街歩き  at 2013年11月18日 23:42
>ふれあい街歩きさん

タイミングよく、新聞に載ってましたね。
そうなんですよ、やるなぁって思いつつも、嫉妬してます。
ま、お前如きが、とお叱りを受けそうですけど、ついつい・・・(^^ゞ
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2013年11月19日 21:46
「天使の前髪」ですか・・・。
チャンスを掴んだような気持になっていても、
時はあっという間に過ぎてしまいます。
大河ドラマが終わった後で、せっかく戴いた
チャンスをどう生かしていくかが、大きな
課題なのでしょうね。
Posted by 風子風子  at 2013年11月20日 20:36
1598年高崎の誕生!
それ以前、この地はどんな状態だったのか
知りたいです。
街道沿いに村があったのでしょうが
どんな村だったのでしょうか?
家康の命令で
箕輪城が高崎の地へ移されたという説が
ありますがなぜそのようなことを
させたのでしょうか?

最近、江戸時代初期の高崎に興味が湧いて
来ましたので御教示ください。

付記
1598年は
秀吉が63歳で死んだ年でした。
Posted by いちじん  at 2013年11月21日 05:14
>風子さん

確かにそうですね、ブームは一時ですからね。
天使に居続けてもらうには、やはり居心地の良い場になっていないといけませんね。
そんな場所はどんなことをしているのか、先輩に教えてもらうことになるのでしょうね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2013年11月21日 18:29
>いちじんさん

生意気にもブログで高崎の歴史をご紹介していますが、実のところ、学生時代から歴史は大の苦手科目だったんですよ。
なので、御教示なんて滅相もない。

1598年は秀吉が死んだ年ですか。
それすら憶えてなくて(^^ゞ
でも、そのことが井伊直政を箕輪の堅固な山城から、交通の要所である高崎の平城へ移させた要因であるかも知れませんね。
もう、戦国の世は終わったと見たのでしょう。

それでも、同じく堅固な造りだった和田砦を背に、江戸とは反対の北側に厚い防御を施した高崎城は、なかなか考えられた城だったようです。

その頃の町割りや町名が、ほぼそのまま残っている高崎の町は、全国でも珍しい町だそうです。
これを観光に活かさない手はないですよね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2013年11月21日 18:47
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