2009年01月03日

ひいらぎさま

ここ何年か、初詣は上中居町の「諏訪神社」へ行っている。

以前は、柴崎町の「進雄(すさのお)神社」だったのだが、最近はやたらと人出が多く、賽銭箱まで辿り着くのが容易でない。

25年ほど前の「進雄神社」は古色蒼然とした神社で、初詣客もそれほど多くなかった。
三が日まで麹の甘酒を振る舞っていたが、社殿を綺麗に造り直してからは、2日までになり、元日だけになり、とうとうなくなってしまった。

だからという訳でもないが、最近は静かな初詣のできる「諏訪神社」にしている。
ここは、今のところ元日に甘酒を振る舞ってくれる。
くどいようだが、だからという訳ではない。(ま、少しはあるかな?)

「諏訪神社」は、入口に「御祭禮」の提灯が無ければ通り過ぎてしまいそうな、細道の奥にある。

小ぢんまりした境内は、いかにも「村の鎮守の神様」という趣きだが、ちゃんと神楽殿もあったりして、由緒ありそうである。

社殿は、15段の石段を登った、こんもりした所にあるのだが、もとは古墳ででもあったのだろうか。

以前、宮司さんに聞いたことがあるのだが、「諏訪神社」の裏に「稲荷山」という古墳があったそうである。
その古墳は、道をつけるために崩されたようだが、そこに祀られていた「お稲荷さん」は、今、神楽殿の隣に移されている。

この「お稲荷さん」には、面白い言い伝えがある。(土屋喜英氏著「高崎漫歩」より)
明治になった直後、「高崎五万石騒動」という事件があったが、その時、江戸へ直訴に行った丸茂元次郎という人の身代りになって、ここの「お稲荷さん」が捕らえられたのだそうだ。
ところが、流石「お稲荷さん」で、縄を抜けて逃げてきたらしい。
その時の麻縄が「抜け縄」といわれ、社宝として大切に保存されているというのだが、一度見てみたいものだ。
後日、「抜け縄」を見せて頂く機会がありました。
こちらの記事をどうぞ。

この神社は、
通称「ひいらぎさま」と呼ばれているらしい。
神社の周りが柊(ひいらぎ)の木で囲まれているからだそうだ。

「ひいらぎ」といえば、葉の縁が尖っていて触ると痛いというイメージだが、この神社のの木はどれも古木で、葉が丸く、ちょっと見ると「榊(さかき)」のようである。
←左の写真の大木が柊の古木である。

「高崎漫歩」には、こう書いてある。

   「柊は若木の時には葉にとげがあり、
    古木になるにつれて、とげが取れて丸くなり、
    根張りは地上に出て広く踏ん張るのである。
    まるで人の一生を思わせるような木である。」


うーん、深い・・・。



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この記事へのコメント
リンクしてる記事をいくつか読み進め
こちらに辿り着きました。(笑)

犬の散歩でよく通っている神社です。


「高崎漫歩」・・・神田の古本屋に注文しました。
Posted by AO  at 2009年07月29日 10:38
>AOさん

こんにちは!
ずいぶん読んでいただいてるようで、光栄です!
「高崎漫歩」、そうでしたか。
もう古本屋さんでないと、入手できないんですね。
私は、ケチなもので、図書館で済ませています。(*^_^*)
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2009年07月29日 12:27
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    コメント(2)